安全なものを、安心して食べたいという、消費者の願いは、年々強くなっていく。十数年前から問題視されているのが、ゴミの焼却などで出てくる環境汚染物質、ダイオキシン類だ。発がん性が危惧され、最近ではマウスなどの実験で、脳への影響も認められている。ダイオキシン類などの環境毒性学に詳しい東京大学医学系研究科・健康環境医工学部門教授の遠山千春氏は、「ダイオキシン類は微量でも何らかの影響を心や体に及ぼす。そこが問題」と、自らおこなった最新の研究について話す。
「妊娠中にダイオキシン類に曝露されたマウスから生まれた子マウスは、成熟後、自分の置かれている環境に適応しにくく、不安やうつ傾向があるときに見られる行動をとることがわかりました」。こうした子マウスの脳の一部には、神経活動の異常が生じていることも判明。これはあくまでも動物実験だが、人間にもこうした現象をもたらす可能性があることを知っておくことは大切だ。
ダイオキシン類に関しては、国は2000年に「ダイオキシン類対策特別措置法」を施行。安全性の指標となる「耐容一日摂取量(TDI:人が生涯取り続けても健康に害を与えない、1日あたりの摂取量)」を設けた。その量は4pg-TEQ/kg体重/日(pgはピコグラム。1兆分の1g。以下単位略)だ。
また、ダイオキシン対策推進基本指針により、海洋や土壌などの汚染状況の調査も始まった。その結果を見ると、環境省の報告では、大気中の濃度は減少傾向にあり、厚生労働省が実施している国民健康・栄養調査でも、日本人が食事で摂取するダイオキシン類の量は年々、減っていることがわかった。農林水産省の報告も、調査対象となっているスズキやタチウオ、ホッケに含まれるダイオキシン類の量は、99年度の調査初回から見ると減っている。しかし、06年度からの値を個別に比較すると、統計学的にみてスズキとタチウオは低下して横ばいだった。ホッケは10年度に増えており、「経年変化を調査していく予定」(同報告から)としている。
大気汚染は改善され、われわれの摂取量も減ったが、魚介類に含まれるダイオキシン類の量はほとんど変わらない。これはいったいどういうことだろう。海洋汚染に伴う魚介類などへの影響について調査・研究する海洋生物環境研究所の研究調査グループ研究参与の柴崎道廣氏は解説する。
「現在でも新しい発生源が見つかっています。それらも含め、過去に排出されて海底に残留しているダイオキシン類の影響ではないでしょうか」
一方、魚介類のダイオキシン類の量が変わらないのにもかかわらず、われわれ日本人のダイオキシン類の摂取量が減ったのはなぜかも気になる。その答えの一つが昨今の「魚離れ」にある。一般に、ダイオキシン類は空気中や食品(肉や魚、野菜など)、さらに水から摂取される。厚生労働省と環境省が出す報告をまとめると、11年度のダイオキシン類の総摂取量は、約0.69。そのうち魚介類から摂取するものは0.63だ。ほぼ魚介類から取っているといってもいい。つまり、日本人が魚を食べなくなったことで、ダイオキシン類の摂取量が減ったということが考えられるわけだ。
※週刊朝日 2013年5月31日号