仕方ないので、ネット通販業者に電話をすることにした。まず本人確認をしようとすると、「奥様ですか~!?」と高い女性の声で聞かれた。不意打ちを食らい思わずウーとうなるような声を出し、「……奥様ではありません……」と地獄の底からの太い声が出てしまう。まずい、と思う。私はクレーマーではないのになぜかクレーマー扱いをされそうになっているので、正当なジャッジをそちらにしていただきたいと思って電話しているのに、これではおかしな客扱いされてしまうではないか。
「大変失礼しました!!」
時すでに遅し。高い声を出すことがサービスであると信じて疑わない電話の向こうのオペレーターの女性は過剰に謝ってくる。何を謝っているのか本人もわからないまま、謝っているような感じだ。いえいえそうじゃなく、「奥様」という言葉遣い、おかしいと思うんです。主人とか奥様とか、そのような主従関係のある言葉で夫婦関係を表すこと自体が問題だと思いますよ!ということを丁寧に説明したいが、そこはこらえて用件を伝えた。すると驚いたことにオペレーターの女性は、こう言うのだった。
「ご主人はいらっしゃいますか?」
え? 意味がわからず、私は黙る。確かにエアコン購入のやりとりは同居人がやった(男女どちらかは識別できない名前だ)が……しかし……。そしてこの場は「主人、いないんですよ~ほほほ~」みたいな対応をするほど私は人間ができていないので、言ってしまったのだった。
「『ご主人』という呼びかけ、よくないですよ」
それは明確に主従関係を表現する言葉。戦前は家の「使用人」がその家の主人を呼ぶときに使う言葉であり、妻が夫を呼んだり、第三者が夫を呼ぶときには使われることはほとんどなかった。丁寧語などではなく、むしろ戦後に「夫」を表す言葉として使われはじめたふしぎな男尊女卑語だ。その言葉、使わないほうがいいですよ、現代のネット通販会社のオペレータ−ならば!!という思いを込めて。ところがだ……日本社会は私が考えているよりも、ずっとずっと昭和であり、そして広いのだった。電話の向こうの声の高いオペレーターの女性は、ひーっと息をのんで申しわけありませんっ! と言い、こう言い直したのだった。
「ご主人様でした」
この瞬間、私は悪質なクレーマー認定を完全にされたと。電話を持つ手に力を失い、思考も落ちた。ここで諦めず、「ご主人とか奥様とか言わずに、ただ『お客様』と呼べばいいのでは?」と端的に伝えられればよかったのだと思うが、もう、ここまで来たら無理だ。黙り諦めるほうが簡単だった。「あ、いえ、そういうことではないのですが、わかりました。オプション料金の詳細を聞いたことで、なぜかもめそうだったので電話しただけです。とりあえず、今日はキャンセルでよいです。後日改めて」と伝えて電話を切った。