原発事故から10年。ついに、処理水の海洋放出が決定した。だが、この時期の決定は正しかったのか。国内外への「風評」の影響も大きい。AERA2021年4月26日号に掲載された記事で、福島のリアルな声を聞いた。
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福島県浪江町に住む古老の漁師は、怒りをにじませる。
「やっと本格操業にこぎつけた。それが、敷地が一杯になるから海洋放出すると言われても、感情として納得できないべ」
東京電力福島第一原発の処理水を海に流す──。13日、菅義偉首相は地元の反対や懸念を押し切る形で決定に突き進んだ。
この水は、原発事故で原子炉内に溶け落ちた核燃料(デブリ)の冷却などに使った汚染水から主な放射性物質を取り除いたもの。「処理水」と呼ばれているが、トリチウムという放射性物質は除去できずに残っている。原発敷地内にタンクを次々と設置して保管してきたが、今や1千基以上ものタンクがひしめきあい、総量は125万トンにもなる。
■漁業「本格操業」の矢先
処理水は毎日140トンのペースで増え続けているが、タンクの容量は残り少ない。来年秋ごろには「満水になる」(東電)といい、海洋放出に必要な準備期間を考えると、決定のタイミングは今しかなかった。
だが、福島県地域漁業復興協議会の委員としてこの問題に関わってきた北海学園大学の濱田武士教授(漁業経済)は「最悪のタイミングだ」と指弾する。
「福島県漁連は4月から、他県沖でも漁の再開を検討するなど、ようやく『本格操業』へ向かう移行期間に入ったばかり」
福島の漁業者は、2012年6月から続いた海域や出漁日数などを制限する「試験操業」を今年3月末で終え、制約のない「本格操業」に移行する作業を始めた矢先だった。だがその間に福島の漁業は弱体化。19年の県沿岸漁業の水揚げ量は3640トンと、事故前のわずか14%。後継者育成に加え、流通・販路の立て直しは急務だった。
先の濱田教授によれば、事故以降は、操業水域など様々な規制をかけてきたが、これを周辺の県漁協と調整しながら元に戻す作業が数年間かかるという。