童磨は、夫としゅうとめから暴力を受けていた琴葉をかくまい、鬼である正体を隠したまま、琴葉と伊之助の面倒をみている。しかし、琴葉に正体がばれてしまい、説得を試みるも許されず、仕方なく琴葉たちを殺害しようとする。

<君のお母さんのことはね 喰うつもりがなかったんだよ 心の綺麗な人が傍にいると心地いいだろう?>(童磨/18巻・第160話「重なる面影・蘇る記憶」)

「ゆびきりげんまん。命にかえても伊之助は母さんが守るからね…。」――皮肉なことに、「かたき」の童磨の「記憶」が、母の唄を伊之助に思い出させる。人間の敵であるはずの童磨に「心のきれいさ」を感じさせた、母・琴葉。彼女によく似た伊之助の愛らしい顔立ちが、童磨に琴葉を思い出させ、伊之助が「鬼と戦うこと」の必然性、その複雑な関係をも思い起こさせた。

■取り戻した「記憶」のかけら

 伊之助は、童磨から自分の母親が「不幸だった」「意味のない人生だった」と言われたことに怒る。それは、伊之助が取り戻した記憶の中で、母の人生に意味があったことを確信したためである。「俺の母親を不幸みたいに言うなボケェ!!」と叫んだ瞬間、伊之助の「過去の孤独」は、幸せな子ども時代の思い出に変わった。

 母の人生の意味は、伊之助を助けるために生きたこと。母の幸せは、自分の笑顔を見ることだった。取り戻した記憶の中で、伊之助の母は笑っている。自分を抱きしめながら、誰よりも幸せそうに伊之助にほほ笑みかけてくれるのだった。

◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。

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