■公正なルールのためにはCM規制の議論が不可欠

 さらに懸念されるのは、「意見表明広告」の横行だ。

 例えば、ビールのテレビCMに登場するタレントは、「これはうまい!」「すごくおいしい!」とは言うものの、「このビールを買って」と直接的には訴えない。それは国民投票の際のCMでも同じはずだ。「賛成に投票してください」といった単純なCMではなく、著名人やスポーツ選手を起用して「私は賛成。緊急事態条項は必要だよね」なんて言わせるのだろう。

 そうした内容なら、「賛成に投票してください」といった運動広告とは異なる「意見表明広告」になり、投票日の14日前から放送できないというルールには抵触せず、投票日でも資金さえあれば大量に流せるという問題が生じる。だが、07年に現行法を制定した当時は、与野党ともこの意見表明広告をさほど重要視していなかった。

 なおスイス、フランス、イギリスといった国々は、資金力の差などによる「不公平の除去」を理由に、運動期間中の有料CMを「14日前から」ではなく、発議と同時に法律で規制している。

 今回の改正案には、CMに関して「3年をめどに法的措置を講じる」といった付則が盛り込まれた。与野党は党利党略の政局や「国対マター」の駆け引き材料にせず、真摯に議論を深めてほしい。

 また、国民投票を改憲だけに結びつけるのも問題だ。日本では一度も行われていないから、なじみが薄いのも無理はないが、諸外国では憲法のみならず「禁酒」「原発」「人工妊娠中絶」など様々なテーマで、2600件ほどの国民投票が実施されている。近年注目された事例をみると、同性婚を認める憲法改正を問うたアイルランド、EU離脱か残留かを問うた英国が挙げられる。スイスでは来週、「コロナ禍対応として政府に国民生活を制限する権利を与えること」の是非を問う国民投票が行われる。

 気になる動きもある。政府が新型コロナウイルスの感染防止対策にてこずったのは、憲法に「緊急事態条項がないから」という声が高まりつつあることだ。政府の拙策は、政治家や官僚の危機対応能力の欠如によるものだと私は考えるが、近い将来、国会の多数派が憲法に「緊急事態条項」を盛り込むことを国民に提案する可能性が高まったようにみえる。

 そうした発議がなされてからでは、国民投票のルールをじっくりと議論することはできない。だからこそ、今、護憲・改憲の立場にとらわれることなく、ルールの改善を進めるべきだ。(ジャーナリスト・今井一)

AERA 2021年6月14日号より抜粋