半世紀ほど前に出会った98歳と84歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。
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■瀬戸内寂聴「美しい童話を書き残したいと思っています」
ヨコオさん
私の老人性体調不穏のため、何回もこの往復書簡を休ませてもらい、うちの秘書のまなほや、この連載の係りの編集者の鮎川さんに書いて貰ったり、読者の皆々様にも御面倒をおかけして、申しわけありませんでした。
こんなふうに仕事に穴をあけるようでは、作家としての才能は認められないと、私が編集者ならば、とっくに首になっていることでしょう。何よりも、この往復書簡を毎週、楽しんで読んで下さっている読者の皆々様に申しわけの仕様もありませんでした。
仏の顔も何度とやら申しますので、いかに寛容なおやさしい編集長でも、
「ああ、やっぱり年寄りは使い物にならないな、作家は、幾才までが、使用限度なのかな?」
と、首をかしげていることでしょう。
ある文壇を代表する大作家は、書くものすべてが、当りに当る人気作家でもありました。その大御所も、晩年は、新年号の原稿を依頼したら、昨年の正月号と一字もたがわぬ原稿をお書きになったということでした。
どんな優秀な頭の人でも晩年は、お呆けになる例を、間近に見てきた私は、九十過ぎからは、原稿を書く度に、私より六十六歳も若い秘書のまなほに、変なことは書いてないかと念を押すのです。
読み終ったまなほは、にこりともせず、
「まあまあです」
と、小憎らしいことを言って、原稿を雑誌社にファックスします。
こんな小娘にバカにされる程長生きしたかと、つくづく情けなくなりますが、まなほは、今までの秘書の中で抜群に心根のやさしい女性です。
うちへ来てもう十年になりますが、その間に、恋愛結婚し、男の子を産んで、まだ一歳未満の誕生日前から子供を保育園に通わせて、寂庵の秘書をつづけています。その男の子の何と可愛らしいこと! 今や私はこの子に、かつてのどの恋人よりも愛情をかけ、わくわくしています。寂庵へ来れば、真直ぐ私の仕事場(寝室のベッドの横の机が仕事机)に来て、机の上のペンや、めがねや、辞書を片っ端からいじり廻し、飽くことをしりません。