「何も言えない自分が、会社の奴隷のように思えることがありました。『売れればいい』のではなく、『ここに住んで本当によかった』と言われるものを売りたい。葛藤の中から、自分の仕事のやり方を真剣に考えるようになったのです」

 その先に鎌倉で甘夏民家との出合いがあり、8年前に独立して「大家業」をスタートした。現在は都内と神奈川県に計6軒の物件を所有し、店舗やシェアハウスなどを経営する。いずれも愛着のある物件で、自ら手入れをしつつ、自由な時間を作って、「旅する大家」として世界中を回っている。

 松本さん、横山さん夫妻の「ワーク=ライフ」は、戦後日本を縛っていた「会社員一択」から抜けて、まちの中で自己決定を行っていく試みでもある。

 戦後、日本では高度経済成長とベビーブームを背景に人口が増加。住宅が慢性的に不足して、宅地開発は都市部から郊外へと際限なく広がっていった。

 ところが2000年代に入ると、経済が停滞し、少子化・高齢化、人口減少が進行。若い世代は「職住近接」を志向して都心に回帰し、かつてのニュータウンは地域まるごとが老いて、空き家問題にも悩むようになった。

 背景が反転する中では、働き方と仕事観、人生のとらえ方、価値観にも転換が必要だったはずだ。しかし、高度経済成長の原理が消えた後でも、「会社員」という一つの選択肢は強固に人々を縛り続け、都市の形態も硬直化していった。

 その象徴が10年代に続々と登場したタワーマンションだ。資本主義経済でタワマンブームが華やかに演出される陰で、終身雇用の機能不全、通勤電車の苦痛、価値観の転換という切実な課題は、いったんフタをされてしまう。(ジャーナリスト・清野由美)

AERA 2021年7月12日号より抜粋