姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
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 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 台湾の統一地方選で民進党が大敗し、蔡英文(ツァイインウェン)総統は兼務してきた党のトップの主席を辞任する意向を表明しました。選挙結果から見えてくるのは、2期にわたる民進党政権への批判がかなり広がっていたということです。もちろん、地方選と国政選挙では選挙の争点に違いがあります。それでも、台湾にとって大陸中国が最大の輸出先であり、大陸中国にすでにかなりの数の台湾人が居住していることを考えると、今年8月の米国のペロシ下院議長の訪台など、行きすぎた対中国との軋轢を増幅させることに、台湾の中にも違和感を持つ人が多かったのだと思います。要するに多くの台湾人は現状維持を望んでいるのでしょう。

 また、今回の統一地方選挙は、総裁選に向けた国民党への支持拡大へのモメンタムになりそうです。特に注目したいのは、台北市長選挙を制したのが初代総統・蒋介石(チャンチェシー)のひ孫で国民党の蒋万安(チャンワンアン)氏だったということです。当然ながら大陸、中国との融和を優先させるでしょうが、そんな彼がダークホースとして2024年の総統選挙に出てくる可能性は十分に考えられます。奇しくも米国大統領選挙と同じ年に台湾の総統選挙も行われます。このことは、日本の安全保障や外交基本戦略を考えていく上で、重大な意味をもつはずです。

 旧安倍派と現在の民進党政権には深い結びつきがありました。ウクライナ危機があって、台湾危機が増幅された部分もあると思います。そのことで日本国内でも中国に対するかなり強い警戒心が一挙に高まりました。台湾危機がウクライナ危機のような事態にならないよう、北京政府の軍事力行使には断固とした反対の意思を明らかにするとともに、台湾の性急な独立への動きには自重を迫る、それが日本の役割だと思います。

 米国にとっても台湾危機は諸刃の剣のはずです。バイデン大統領も今すぐに中国が台湾に軍事力を行使すると考えているわけではありません。台湾国民の選挙に表れた民意を尊重し、いたずらに台湾危機を煽らず、台湾への支援もバランスが取れたものでなければならないと思います。それが、今回の選挙から読み取るべき意味ではないでしょうか。

◎姜尚中(カン・サンジュン)/1950年本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

AERA 2022年12月12日号