親のほうから「オレンジジュース飲む?(Do you want some orange juice?)」と尋ねたときも同様です。子どもはジュース欲しさあまりに、「うん!(Yes!)」「ほしい!(I want it!)」と勢いよく答えてしまうのですが、それだけでは不合格。「はい、ください!(Yes, please!)」と言えなければ、ジュースはもらえません。

 子どもがpleaseを付け忘れた場合、親は「pleaseと言えないと聞こえませんよ(I can’t hear you if you don’t say please.)」などといって言い直させます。何回言っても忘れるときは、「魔法の言葉を忘れてるよ!(You forgot the magic word!)」とか「魔法の言葉はなんだっけ?(What’s the magic word?)」とユーモアを交えて返すこともあります。魔法の言葉とは、もちろん“please”です。

 pleaseのひと言さえ付けて頼めばこんなまだるっこしい応酬はしなくてもいいし、親もニコニコ顔でジュースを出すのでまさに魔法の言葉なんですが、子どもはどうしても、何回言ってもpleaseを忘れてしまいます。わがやの5歳児と2歳児にも毎日同じことを言い続けていますが、彼らが初めからpleaseを付けて頼み事をできる確率は未だ10回に1回くらい。毎回同じことを注意するのはエネルギーがいり、正直言ってさっさとジュースを差し出してしまったほうがはるかにラクです。それでも、わが家を含め多くの親たちは辛抱強く「魔法の言葉を忘れてるよ!」と教え諭します。pleaseは、コミュニケーションを取るうえでそれほどしっかり教えなければならない単語なのです。

 そこまで重要なpleaseですが、日本語にはしっくり来る訳語がないように思います。わが家では「ください」をあてがい、ジュースが欲しいときは「ジュースほしい」ではなく「ジュースください」と言うよう教え込んでいますが、親子の間ではちょっと他人行儀すぎるかな、と思うときもあります。「ちょうだい」もアリかもしれませんが、ちょうだいは名詞にはよくても動詞に付けるとむしろ高圧的に聞こえてしまうことが多いんですよね。「ジュースちょうだい」はよくても、「ジュースをもってきてちょうだい」だと、どこのお姫様だよと感じますから。

 そんなことが起こるのは、pleaseという英語が日本語には非常に訳しにくい単語だからだと思います。please=くださいではないし、pleaseを付ければ絶対丁寧になるというわけでもない。次回は、日本語で誤解されがちなpleaseの使い方についてお話できればと思います。

〇大井美紗子(おおい・みさこ)/ライター・翻訳業。1986年長野県生まれ。大阪大学文学部英米文学・英語学専攻卒業後、書籍編集者を経てフリーに。アメリカで約5年暮らし、最近、日本に帰国。娘、息子、夫と東京在住。ツイッター:@misakohi

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