妻の形相が、子どもにはよほど恐ろしかったらしい。それからしばらくの間、子どもは夜、寝るときに「今日はママ、怒ってドア、バンって開けない?」と怖がる様子をみせた。
そんなある日、友だちから電話がかかってきた。「おまえの奥さん、見たよ」。どこで? と聞けば、妻の実家の近くのアパートの前だった。
「そんな場所に知り合いはいないはず……」
同じ日に、別の友だちから続報があった。
「奥さん、ニトリでたくさん買い物してたよ。引っ越すの?」
ここで、健吾さんはピンときた。
「そういえば、その数日前、いままで行ったこともない子どもの学校の面談に『今回は私が行くから』って。授業参観すら行かない人なのに珍しいなと思ったことを思い出しました。急いで学校に電話をして『もしかして、妻は子どもの転校の手続きをしましたか』と聞いてみたら、『まだですよ』と」
妻は、子どもを連れて出ていくつもりなのだ。それで健吾さんは、子どもの連れ去りを決意した。夫婦の葛藤が高まるなか、常にイライラし、子どもに当たり散らす妻から子どもを守るためには、いったん離れる必要があると思った。
子どもには、あらかじめ気持ちを確認した。
「夕方、学童の迎えに行った帰り道、子どもと散歩しながら『このままだと、ママが蓮くん(仮名)を連れてお引っ越ししちゃうと思う。それでもいい?』と聞きました。子どもは『いやだ、パパといたい』と言いました。それで続けて『それなら、パパが蓮くんを連れて、いったんおばあちゃんちに引っ越しするけど。そうしたら、今の家に帰れなくなるし、学校は転校しなきゃいけないし、お友だちとも会えなくなっちゃうし、ママともしばらく会えなくなるかもしれないけどいい?』と聞きました。そうしたら『いい』と」
健吾さんは、実家の両親と兄の協力を得て、翌日、妻が仕事に出かけたとたん作業を開始。自分と子どもの荷物をまとめて車に積み込み、実家に引っ越した。