だが昨年、突然、歯車が逆回転を始めた。コロナ禍で金融機関の姿勢が厳しくなった。スマートロックはネットで操作するため、通信機能付きの鍵が必要だ。ネットとモノを融合させるIoT(Internet of Things=モノのインターネット)の時代を先取りしたビジネスモデルだが、金融機関には「現物の在庫を持つハイリスクな会社」に見える。

 牧田は足掻(あが)いた。ビジネスの幅を広げ、スマートロックを使って日本中にあふれる「空き部屋」を、誰もが気軽に使える空間にする「TiNK(ティンク=トラストとリンクを掛け合わせた牧田の造語)」を考案した。いま、都市再生機構(UR)と組んで団地の空室をシェアオフィスにリノベーションした「TiNK Desk」は、コロナ禍で仕事や勉強をする場所がない人々に喜ばれている。

 だが、そこにたどり着くためには、さらなる投資が必要だった。新しいプログラムやプロダクトが必要で、開発費用もかさむ。新たな借り入れをめぐって銀行と交渉している最中に、メールが入った。

離婚届、まだですか?」

 仕事に忙殺され、夫婦関係もうまくいかなくなっていた。

 開発は思うように進まない。コロナ禍で数十人のメンバーがリモートワークを続けている。理論的には何の支障もないはずだが、モチベーション維持が難しい。開発スケジュールが守れないエンジニアもいる。自分と同じように会社を大切に思っているはずなのに。

(こんな大変な時になんで?)

 納期が守れない。会社が成長しない。利益が出ない。株主に還元できない。資金が調達できない。

「大丈夫ですか?」

 そんな株主の声さえ、牧田の頭の中では「もっと、しっかりしろ」に変換される。心がハリネズミのようになっていた。社員も株主も金融機関も、全部敵に思える。気がつくと長文のメールを全社員に送っていた。

「私はツムグを、目標が達成できないことが当たり前の会社にしたくありません」

 いつも明るい牧田からは想像もつかない悲愴感あふれる内容は、少なからぬ波紋を呼んだ。

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この程度のピンチなら経験してきた…