政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
【独自映像】密集、叫び声…阿鼻叫喚のアフガニスタン・カブール空港はこちら
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アフガニスタンの首都カブールをタリバーンが制圧しました。
タリバーンが7万人前後なのに対し、アフガンの治安部隊は30万人以上。米ブラウン大学の試算では、米国からのアフガン政府への支援は250兆円近くに及ぶとされ、日本も7500億円以上を費やしています。軍隊も資金も潤沢だったにもかかわらず、アフガン政府は砂上の楼閣のように消えました。実は張りぼてで中身はがらんどうだったのです。
一方でタリバーンを、アルカイダやIS(イスラム国)と同じ類いとしていいのかという問題もあります。もちろん、イスラム原理主義に基づく厳格なシャリア(イスラム法)の強制による女性や子どもへの差別や拘束など、自由や民主主義、多様性の尊重の面で多くの宿痾(しゅくあ)を抱えています。
しかし、タリバーン=テロリストと見るのは明らかに偏った見方です。元をたどればタリバーンは、ソ連のアフガン侵攻以後の国内の混乱を収束させようと決起した勢力で、パシュトー語で「学生」を意味しています。タリバーンは、アフガンのイスラム原理主義に凝り固まった「スチューデントパワー(学生運動)」とも言えます。にもかかわらず、米国発のメディアなどの非常に危険なテロ集団という報道がなんの検証もなく拡散し、その軍事的な殲滅(せんめつ)すら無批判に擁護されてきました。
テロへの制裁や人道的介入を振りかざした軍事力の行使がいかに危険かということを訴え、現地で奮闘されたのがペシャワール会の故中村哲さんでした。その声に耳を閉ざし、陳腐な国際政治のパワーポリティクスや戦略をご大層に振りかざしていた自称リアリストたちが、どれだけ現実から遊離した「幻想」の上に成り立っていたことか。そうした幻想に寄りかかりながら「アフガン報道」を流していたメディアも、その総括をしておく必要があるはずです。
アフガンの混乱は続き、難民が周辺諸国に四散して新たな問題が広がる可能性があります。日本も難民を受け入れる可能性もあります。地政学的にも大きな変動が起こりそうです。
これは遠い中央アジアの問題ではありません。私たちはもっとリアルに受け止めるべきです。
姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
※AERA 2021年8月30日号