元朝日新聞記者 稲垣えみ子
元朝日新聞記者 稲垣えみ子
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スマホそのものはさておき、大船渡のイタヤカエデで手作りされたスマホケースは超お気に入り(写真:本人提供)
スマホそのものはさておき、大船渡のイタヤカエデで手作りされたスマホケースは超お気に入り(写真:本人提供)

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

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 我らが総理大臣肝煎りのデジタル庁発足の折にナンですが、個人的に、ただいま脱デジタル化の真っ最中である。

 いや……よく考えると正直「デジタル化って何?」っていうのがよくわかってなかったりするので、慌てて正確に言い換えると、脱スマホ作戦を敢行中であります。

 きっかけはですね、どうも最近原稿を書くのに前よりやけに時間がかかることが気になり始めておりまして、年のせいなのかしらボケたのかしらと人知れず肩を落とし怯えていたんだが、いや……もしかして、スマホに時間とエネルギーを取られているせいなんじゃ……と思ったのだ。

 そうだよ。思い返せば10年前、超節電生活のあおりで思いもよらなかった「脱テレビ生活」をスタートする羽目になり、この時に一気に得たのが「膨大な自由時間」という資産であった。夜寝るまでの時間がヒマでヒマで仕方なくなったのだ。それは少々の寂しさ(時代劇とコロンボと寅さんが見られない!)をはるかに凌駕する宝物であった。その時間を使って私は読めなかった本を読み、やったことのなかった縫い物を始め、存分に料理し、最後は瞑想にまで手を出した。「忙しい」が口ぐせだったのが嘘のようだった。テレビをやめたというただそれだけで、一気に、金持ちならぬ「時間持ち」となったのである。

 これはよく考えると、実に実にすごいことだ。

 人生とは、すなわち時間のことである。人が長生きを願うのは、時間を得たいと願っているのだ。だから不老不死のクスリなど追い求めるのである。で、私はそんな夢のクスリなどなくとも、その時間を得ることに、実にカジュアルに、ビタ一文使わず、まんまと成功したのだ。ノーベル賞をもらったっていいレベルと思うほどである。で、思い返せばその頃が一番サクサク原稿が書けていた。当たり前だ。時間もエネルギーも有り余ってたのだから。

 ところがふと気づけば、その貴重な資源をじわじわとスマホに取られているのである。(つづく)

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

AERA 2021年9月13日号