姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
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 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 大接戦となった米国中間選挙では、民主党が上院で多数派を維持し、下院は共和党が過半数を制しました。さほど盛り上がらなかったとはいえ、トランプの持つ影響力は侮り難かったことも明らかになりました。

 そこから浮かび上がるのは、米国のドメスティックな現象によって世界が翻弄(ほんろう)されかねないという歪(ゆが)んだ現実です。米国の急激な金利上昇は国内のインフレを抑えるための緊急措置ですが、それは新興諸国の過重な債務負担とインフレとなって跳ね返り、また先進諸国の中でも日本はその余波をモロに受け、円安とインフレに喘ぎ、最近ではGDPもマイナスに落ち込んでいます。

 今後、米国内の政争がウクライナでの戦争の帰趨(きすう)や世界の金融・為替政策に混乱をもたらしかねません。米国の同盟国といえども、為替・通貨と同じように動揺する超大国のヘゲモニーに頼らざるをえなくなるはずです。そのリスクをどう極小化しながら、米国と付き合っていくのか。そうした対米外交が岸田政権で可能なのかも気になるところです。

 他方で米国とリスク管理のための「ガードレール」の構築に漕(こ)ぎ着(つ)けた中国は、ロシアと距離を置きつつも、同時にロシアにとっても米国にとっても「話せる相手」であることを実証し、ますます米国にとっては手強(てごわ)い競争相手であることがわかりました。専制主義と揶揄(やゆ)される中国が世界の安定のバラストのように見え、準内乱的な要因を抱えた民主主義の米国が波乱要因に見える現実をどう見たらいいのか。それは民主主義が払わなければならない「代価」であるのかどうか。米国が今まで経験したことのない手強い競争相手(中国)に競り勝つためには、トランプ現象に打ち勝つだけでなく、トランプを生み出す米国内部の根本的な病巣にメスを入れる必要があるでしょう。なぜなら米国の抱える問題(構造的な格差の拡大と文化的対立)がトランプという「異形」のリーダーを生み出したからです。

 2年後の大統領選がこれまで以上に混乱すれば、「アフターアメリカ」の時代の始まりとなるかもしれません。そうならないためにも、新しいリーダーの誕生を期待したいところです。

◎姜尚中(カン・サンジュン)/1950年本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

AERA 2022年11月28日号