保阪正康著『「檄文」の日本近現代史 二・二六から天皇退位のおことばまで』(朝日新書)
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 なぜグリコが狙われるのか。江崎社長は、世間がさまざまに噂をしていることに、「警察には一切の隠し事はしていません」と記者会見で述べている。さらにグリコ製品のイメージは急速に落ちていき、グリコ会長の大久保武夫は、「このような状態が続けば、来年3月期の決算で50億円の減少になる」と沈痛な表情で発表している。これが5月23日のことであった。

 こうした状態を読んだのか、かい人21面相は6月25日に朝日、毎日、読売、サンケイなど四紙に第5の挑戦状を送りつけているのだが、このなかで「全国のフアン の みなさん え」と題して、「わしら もう あきてきた 社長が あたま さげて まわっとる 男が あたま さげとんのや ゆるして やっても ええやろ ナカマの うちに 4才の こども いて まい日 グリコ ほしい ゆうて ないている わしらも さいきん たべへんけど むかしは よく くうた もんや」と書き列ねている。

 文中では、「江崎グリコ ゆるしたる スーパーも グリコ うってええ 青さんいりの チョコレート 18こ は もやしてもうた」という一節さえある。

 江崎グリコへの脅迫は、このあと確かにおさまっている。ところがグリコにかわって、丸大食品に対して現金5000万円を要求する脅迫状をなんどか送っている。これも成功していない。そしてグリコに「わしら もう あきてきた」と終結宣言したときから3カ月後に、こんどは森永製菓にターゲットがしぼられていった。9月12日に青酸ソーダ30グラムを同封した脅迫状を送りつけ、「1億円をだせ」と要求している。森永側が指定された場所に現金を用意していくと、この社員が警官であると見抜き、犯人グループは接触せずに未遂に終わっている。

 その後に、朝日、読売、毎日、サンケイに送ってきた第6回目の挑戦状には、さらに警察当局をからかう内容が盛りこまれていた。「警官広田は かっこ ええやんか おおさか婦警の よしの君 ワトソン君と 相談 してみたかね」という具合である。さらに「このまえの 森永の TEL あれ なんや  サラリーマンは TELで りょおかい なんて いわへんで」という一節さえもあった。まさに警察に対する挑戦状だったのである。

次のページ 10月に入ると「どくいり きけん」のタイプで打った…