他方、そうした軋(きし)みが顕在化しないためにも、岸田政権としては、安保・外交で安倍氏を中心とするタカ派からのバックアップを期待して右旋回していく可能性があります。それは大平正芳氏や宮沢喜一氏、加藤紘一氏らに受け継がれてきた宏池会のハト派的な国家戦略の否定につながります。岸田氏にはプラグマティックで柔軟な外交・安保政策が体質的に合っていたはずです。それが、対敵基地先制攻撃能力の確保と明言してはいないものの、それをにおわせていますし、対中政策も対立面がフレームアップされそうです。
総選挙で芳しくない結果になるほど、タカ派への依存度が高まり、宏池会的なものは希釈されていくでしょう。それは、保守合同以来の戦後保守政治を嚮導(きょうどう)してきたリベラル保守の命脈が完全に絶たれてしまうことを意味しています。岸田氏がアベノミクスの「墓掘り人」になるのか、それとも宏池会の「墓掘り人」になるのか、総選挙後にハッキリとしてくるはずです。
姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
※AERA 2021年10月25日号