たしかにそうかもしれない。宿からそう遠くない。歩いて行くことにした。
博物館はタハリール広場に近い。広場前の交差点の信号が100メートルほど先に見えたときだった。4~5人の男たちの手が一斉にあがり、ひとりは車に乗って僕のところまで近づいてきた。白タクの運転手だった。
「ギザのピラミッドまで格安でいくよ。どう?」
観光客が本格的に戻ってきてはいないのだろう。運転手たちは客引きに必至だった。
しかしなぜ、100メートルも手前から、僕が観光客であることがわかったのだろう。
「マスクか……」
ざっと見たところ、カイロ市街でマスクをつけている人は3割もいない。そのなかで、マスクをつけて観光地を歩くということは、「いいカモがいますよ」
と客引きに伝えているようなものだった。
感染しないようにできる限りの努力をする……それはコロナ禍の旅行者の義務に近いものだと思う。しかしマスクをすると、集まってくる客引きが鬱陶しい。路上で悩む。エジプトの旅は難しい。
■下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(毎週)、「たそがれ色のオデッセイ」(週)、「沖縄の離島旅」(毎月)、「タビノート」(毎月)。
※記事の内容は9月時点での情報です。