驚くのはその熱意だ。
店が小さいのですぐ満席になってしまうのだが、1時間ほどお待ち頂くかもと言っても「待ちます」と即答。遠方から来たとおぼしき、スーツケース持参の方もいる。
そして、待っている間も食べている間も、絶えずスマホで何かをチェック。総じて礼儀正しく、感じが良い。挨拶(あいさつ)もしっかりにこやかに。スーツケースの置き場所を確認することも怠らない。
なのに。なぜだろう。大忙しの1日を終えた時、行き場のない思いがたまっていることに気づく。
彼女たちの心は「ここ」ではなく、「画面の中」にあった。接するこちらの心も、気づけばスカスカになっていた。互いの礼儀正しいやり取りは、誰にも受け止められずどこかへ飛んで行った。
なるほど人は同時に二つの人生を生きることはできないのだと気づく。どんなにテクノロジーが発達しても、人生は一つ。あちらを選べばこちらはないのである。
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
※AERA 2021年12月6日号