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 作家・長薗安浩さんの「ベスト・レコメンド」。今回は、『諦念後(ていねんご) 男の老後の大問題』(小田嶋隆、亜紀書房 1760円・税込み)を取り上げる。

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 昨年65歳で亡くなった小田嶋隆は、コラムニストとして、「取材をしない」「文献を読まない」という原則を自分に課していた。既存の論理や文章の模倣から逃れたい一心で、<自分の内部から生まれたネタに執着>して原稿を書きつづけた。

 そんな小田嶋が雑誌の新連載のため、長年のルールを破って「体当たり取材」を敢行。自身の身体感覚を通じて、まだ実感が薄い老化や老後の問題と向きあった。そして昨年末、その貴重な連載は『諦念後』として編まれた。取材を開始したとき、彼は61歳だった。

 そば打ち、ギター、スポーツジム通い、断捨離、終活、同窓会出席、麻雀、鎌倉彫、盆栽……これらの体験から展開する小田嶋の思索、導かれる結論は、どれも明晰で厳しかった。たとえば、そば打ちの場合。

<老後で大切なのは、単純作業に身を投じることだ>と断じた直後、そこに至る論拠をたたみかける。<なんとも凡庸な教訓だが、凡庸でない教訓など信じるには値しない。なんとなれば、男がトシを取るということは、自分が積み上げてきた凡庸さと和解することだからだ>

 小田嶋は浮ついたことは書かない。市井の人としてぶれない視座から現実を見据え、自分をもシビアに分析し、的確に言語化してみせる。絶妙な接続語によってテンポよく自説を開陳する文章は“オダジマ節”と称され、多くの読者を魅了してきた。取材ネタを題材にしても、その美点に揺るぎはなかった。

 コロナ禍がはじまって還暦を迎えた私は、今後、この本を何度も読み返すだろう。そんなことを思いつつ、小田嶋の66回目の誕生日に書かれた夫人のあとがきに感じ入った。

週刊朝日  2023年2月3日号