TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽とともに社会を語る、本誌連載「RADIO PA PA」。映画『さすらいのボンボンキャンディ』について。
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僕の短編『さすらいのボンボンキャンディ』がサトウトシキ監督のメガホンで映画化、この秋公開となる。
34歳の主婦仁絵は夫の海外出張中にあてどなく街をさまよい、無為な時間を酒とともに流し込んでいる。彼女が出会ったマサルは48歳。車掌である。車掌という設定は井の頭線で聴いた美しい車掌の声に触発された。
車両の最後部でひとり駅名を告げながらドアを開け閉めする車掌の声に惚れる女がいてもいいかなと思った。
互いに家族を持ちながらも逢瀬を重ねる仁絵とマサル。
「甘いね。お前の耳たぶはボンボンキャンディみたいだ」とマサルは仁絵の耳たぶを舐(な)め、オニキスのピアスを買ってくれた。そんな彼が突如姿を消してしまう。昼も夜も東京中を流離(さすら)いながらどこまでも恋人を捜し続ける仁絵の片方の耳からピアスが落ち崩れ、彼女は少しずつ狂っていく……。
この小説は女性名「延江ぴあの」を使ってリトルモアという文芸誌に応募したものだ。
僕は既に大手出版社の新人賞を獲得してデビューしていたが、当初、他出版社からこれは性的描写が過激すぎると拒否された。しかし、乾いた切なさは30代ならではと思い、また、いくところまでいってしまう主人公を救いたくてどうしても世に出したかった。
ある日の午後、麹町郵便局から原稿を投函(とうかん)すると数週間後、入選の知らせが来た。映画タイトル同様、この短編も「さすらい」を続けていたのだ。
「この映画を望む人はいるだろうか。仁絵はどういう人なんだろう。ここ数年ずっと心にあった問いだ」と仁絵を演じた影山祐子は語る。「ある年齢の女性としてこうあるべきだという姿を求められるようになった時、その姿が自分からは離れていると感じた時、私は初めて仁絵と向き合うことができた。そこに誰も想像できなかった主人公が誕生した」