批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。
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14日、KADOKAWAの角川歴彦会長が贈賄容疑で逮捕された。五輪汚職事件はついに大手メディアトップの逮捕にまで発展した。
KADOKAWAは角川書店を前身とするエンターテインメント企業。創業者の角川源義時代には硬派な文芸や辞書編纂(へんさん)で知られ、1970年代に息子の春樹氏が継いだあとは映画を中核とするメディアミックスで時代を築いた。93年に歴彦氏が社長に就任してからはさらに多角化を推進、2014年にはIT大手のドワンゴと事業統合を実現した。名実ともに戦後日本のクリエーティブ産業を代表してきた企業だ。
それだけに会長の逮捕は衝撃だ。受託収賄の容疑で逮捕された組織委員会の高橋治之・元理事については多数の報道が出ている。電通の元専務でスポーツビジネスでは絶大な影響力をもっていた。05年に亡くなった弟の治則氏も政財界で知られた資産家で、バブル時代には兄弟で派手な逸話が残る。そんな旧世代のじつに「昭和的」な要求に、最先端のメディア企業が唯々諾々と従っていたという事実自体に心が暗くなる。
東京五輪は疑惑だらけだ。19年には招致活動で汚職疑惑が報じられている。当時の竹田恒和JOC会長がIOC委員を辞任し、いまも仏司法当局の捜査を受けている。
大会経費の総額は1兆5千億円近いといわれるが、組織委の負担は情報公開請求の対象外で支出先は闇に包まれている。KADOKAWAの賄賂は氷山の一角かもしれない。本丸は政界とも囁(ささや)かれる。日本は30年に再び冬季五輪を招致しようとしている。このさい徹底的に膿(うみ)を出し切るべきだろう。
筆者は10代から角川のコンテンツに親しんできた。角川の書籍や映画でSFやアニメの魅力に目覚め、2000年代にはドワンゴのニコニコ生放送に興奮を覚えた。両社が合流したときには、新時代が始まると期待を抱いたものだ。
それがこの結果だ。源義氏による角川文庫発刊の辞には、第2次大戦の敗北は文化力の敗退だったと記されていた。KADOKAWAは初心に戻り、本当の文化力の充実に向けて再起してもらいたい。
◎東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数
※AERA 2022年9月26日号