
例えば妻の志げ宛の手紙には、娘で随筆家としても知られた小堀杏奴(こぼりあんぬ)のために押し花を同封しており、子ども思いの父親だったことがうかがえる。また、日露戦争出征当時に書いた手紙には、浮気を否定するような記述がある。
「妻の志げから『遠くにいるからといって遊んでいるんじゃないの?』というような手紙が届いたのでしょう。
その返事として書いたと思われるものには、『わが跡をふみもとめても来んといふ遠妻あるを誰とかは寝ん』と歌を詠み、自分を追いかけていくという妻がいるのに、浮気などするわけないと伝えています。男尊女卑の考えが当然の明治時代にあって、鴎外は女性への気遣いもできる男だったことがわかります」(須田さん)
私生活では多くの手紙を書いた鴎外だが、一方で自身の小説に登場する頻度は多くない。しかし、いくつかの作品では、さすが鴎外とうなるような手紙の描写があると須田さんはいう。

■作家としての手紙
「例えば鴎外が翻訳したアンデルセンの小説『即興詩人』では、『文して恋しく懐かしきアントニオの君に申し上げ参らせ候』と独自に訳したり、『舞姫』では、『否、君を思ふ心の深き……』と、極めて印象的な書き出しの手紙がでてきます。どちらも、鴎外がふだん書いていたものとはまったく違う印象を与えます。日常生活の書簡とは異なり、小説や翻訳のなかの手紙では、文学上の効果を強く意識していたことがわかります」
家族や友人宛に、多くの手紙を送っていた鴎外。文才は遠く及ばなくとも、たまには自分も誰かに書いてみたいと思うことがある。重い腰を上げて、手紙を書くにはどうすればいいのだろうか。手紙の書き方研修講師の青木多香子さんは、忙しい現代だからこそ、お礼やおわびなど、とくに気持ちを伝えたいときに効果的だという。
「例えばビジネスシーンのメールは、気持ちを伝えるというよりも情報を共有するのが目的です。一方で、手紙は受け取る機会が少なくなっているからこそ、自分の思いが伝わりやすいもの。家族や友人はもちろん、仕事でお世話になっている方などにでも気持ちを伝えたいときにおすすめです」