コロナ禍以前は正月の上野浅草近辺の喫茶店はどこもバカ混みで、座れるところを探すのも一苦労でした。銀座線稲荷町側の某所を見つけてからは、元日から10日まで空き時間はほぼそこに籠もっています。
土地柄、時折「一之輔だ!」と気づいたお客さんから声をかけられます。3年前、70くらいのオジさんが話しかけてきました。
「大変ですね、年賀状!(嬉)」「……はい(書きながら)」「去年もここでお見かけしましたよ! 落語家さんは律儀だなぁ!(嬉)」「……はい(鬼の形相でペンを握り)」「何枚くらいお書きになるんです?」「……えっっ!?(目を血走らせて)」「……何枚くらい、書くの?」「……(ヤケ気味に)万単位ですね!!」「……失礼しました」。しばらくして、オジさんは「差し入れです」とコーヒーを持ってきてくれました。
我に返った私は恐縮し、その場でオジさんに年賀状をしたためお渡ししました。オジさん、あの時は嘘ついてごめん。コーヒーありがとう。
正月に上野浅草辺りで紋付き袴姿の坊主頭のおじさんが、うつろな目で年賀状書いていたらまさしくそれは私です。出来ればそっとしておいてあげてください。
春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/1978年、千葉県生まれ。落語家。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。新刊書籍『人生のBGMはラジオがちょうどいい』(双葉社)が発売。ぜひご一読を!
※週刊朝日 2022年1月7・14日合併号