『天に焦がれて』(早川書房)
『天に焦がれて』(早川書房)

 このパンデミックが、我々の世界を深いところまで炙り出すようだと言ったのはそのためです。あらゆる不平等が、残酷かつ克明に表面に出てきました。格差が存在していることは既にわかっていましたが、パンデミックによってさらに格差が広がってしまいました。

―――環境問題をどう考えるか、自然と人間の共生は可能なのか、など『天に焦がれて』と『コロナの時代の僕ら』には、共通する私達の問題が取り上げられています。世界を巻き込んだ災厄、コロナ禍を経て、『天に焦がれて』をどのようにふりかえりますか?

 確かに、『天に焦がれて』と『コロナの時代の僕ら』は密接に関連しています。最近、ようやく気付いたのですが、『天に焦がれて』を執筆すること(*イタリアでは2018年刊行)は、来たるべき恐ろしいパンデミックへの無意識のトレーニングだったようです。『天に焦がれて』で重要な要素として、人間ではなくオリーブの樹に伝染するバクテリアが出てきますが、コロナウイルスと良く似た特徴があります。『天に焦がれて』の執筆に約4年間かけるなかで、オリーブの樹の伝染病に関して起こった、受け入れがたい状況を否定しようとする人間の心理や、非科学的な対応、暴動など、複雑で社会的な原動力や人々の心理面での変化を観察しました。このような社会や人々の心理面での変化は、さらに大きなスケール、またさらに酷い様相で、コロナ禍でも起こりました。

―――『コロナの時代の僕ら』では、「僕は忘れたくない」というフレーズを繰り返されていました。コロナ禍を忘れてしまうのではなく、人々が覚えておくべきことは、どんなことなのでしょうか。

忘れたくないことのリストは、『コロナの時代の僕ら』の巻末に掲載した「著者あとがき」を書いた当時よりも、ずっと長くなっています。ただ、何か一つにまとめるならば、忘れたくないこととは私たちの弱さ、特に私自身の弱さだと思います。

(構成/矢内裕子、翻訳協力/早川書房)

◯『天に焦がれて』あらすじ
毎年、夏休みを祖母の住む南イタリア、プーリア州スペツィアーレで過ごしていた、テレーザ。14歳のある日、近所に暮らす3人の少年(ニコラ、トンマーゾ、ベルン)と知り合う。3人は兄弟ではないが、ニコラの父、チェーザレの保護のもと暮らしていた。夏休みのたびに3人と遊ぶようになったテレーザは、17歳の夏にベルンと結ばれる。翌年、ベルンが他の少女を妊娠させたと知り、一度は別れるが、大学生の時に再会。ベルンが熱望する、自然農の暮らしと共同生活を経て、ある殺人事件が2人を逃れられない運命へと巻き込む………。共感と反発、愛情と憎悪――深い感情で結びついた若者たちの20年を描く。