彼は以前、人材育成の会社に勤めていて、主に百貨店などの女性販売員の育成を手がけていたという。多くの女性たちを育ててきた経験から、真面目な女性が損をする姿をたくさん見てきたという。特に組織の中では、真面目で正直なあまりに「要領が悪い」と言われるような人が報われないことが多々ある。だから、と彼はこう言うのだった。
「真面目な女性がずるい人に損をさせられてしまう。目の前でそういうことが起きるのを見過ごすわけにはいかないんです」
「見過ごすわけにはいかないんです」と言われたとたん、彼女は車内で声をあげて泣きたいような気持ちにかられたという。というか、私にその話をしてくれているとき、彼女も私も涙がツーツーと、こぼれて、こぼれてしかたなかった。そんな優しい人が、いることに。その人が女性育成の仕事に就いていたということにも意味を感じ、深くうなずきたい思いにもなる。「利益」を考えたら、タクシー運転手としては手前の男性を乗せるだろう。たとえ男の「ずる」を見ていても、手前に立つスーツ姿の男性を合理的な判断で乗せるだろう。女性よりもスーツ姿の男性のほうが遠距離で高額になる可能性は高く、そもそも面倒くさいクレームをつけられる可能性も高いからだ。実際、女友だちにこの話をすると、乗車拒否される女性は少なくなく、また男性運転手と二人きりの車内で不快な思いをする女性は多いことが分かる。乱暴な口調で話しかけたり、プライバシーに踏み込むような質問を無遠慮にしてきたり、時には甘えるような口調で声をかけられたりすることもある。女性として生きているということはそういうこと、と半ば諦めるような思いになることが“私たち”にはある。そういう社会で、“ソレ”が見えている男性もいるということに、私たちは安堵するように泣いてしまう。聞けば、その運転手さん自身、コロナ禍で仕事が激減し転職せざるを得なかった身だという。彼自身がうまく立ち回ることのできない人なのかもしれない。