しかし、体をゆるめているばかりでは、立っていられません。そこで、上半身の力は抜いて、臍下丹田に気力をみなぎらせます。太極拳に「頂(いただき)の勁(けい)を虚にして領(りょう)すると、気、丹田に沈む」という言葉があります。頭と頸の力を抜いて、何かで頭頂が吊るされているようにすると、気は丹田に落ち着くという意味です。この状態を「上虚下実」といいます。
この上虚下実を私がやってきた武術では常に求められました。この上虚下実こそ、私の姿勢がいいといわれる理由だと思うのです。
そして、最近になって、もうひとつの理由を思いつきました。20年間にわたって続けた外科医の仕事が私の姿勢をよくしたのではと思うのです。外科の手術は立って行います。そして姿勢をよくしないと、視野が狭くなって、上手な手術ができないのです。私が担当した食道がんの手術は大抵5~6時間、長いと10時間かかります。その間、立ちっぱなしです。このときに武術以上に上虚下実の正しい姿勢を求められたのです。
仕事によっては、腰に負担になる姿勢を強いられることもあると思います。その場合には、日常生活で上虚下実を意識して姿勢を正しましょう。
帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中
※週刊朝日 2022年2月25日号