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 ノンフィクション作家の後藤正治さんが選んだ「今週の一冊」。今回は『東京ルポルタージュ 疫病とオリンピックの街で』(石戸諭、毎日新聞出版/1760円・税込み)。

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 世がコロナ禍におおわれた2020年春から21年秋にかけて、主に『サンデー毎日』に連載されたルポルタージュが一冊にまとめられたものである。

 さまざまな場でさまざまに生きる人々が登場する。フォトグラファー、書店主、居酒屋、アメ横、新宿二丁目、下北沢のライブハウス、赤坂のカフェ、パンケーキ店、もつ屋、新橋の靴磨き……などなど。彼ら彼女たちに通り過ぎた日々をたどりつつ、<東京のいま>をまさぐっている。

 気鋭のフォトグラファーは「月に50本程度の撮影をこなす」売れっ子で、休日もなく、撮影しては次々に納品する日々を送ってきたが、コロナが広まり、仕事量はガクンと減った。

 ただ一方で、「危機は、人に生き方の見直しを迫る」ものでもあった。商業写真を撮り続けることにどこか空しさを感じていた。自分が本当に撮りたいものはなんなのか。「報道写真であり、抽象写真でもある一枚」。静まり返った東京の街々。その中に潜むもの……。自由な時間を手にし、フォトグラファーは自身の写真集を刊行したとある。

 コロナ第2波がたけりはじめた時期、「夜の街」は悪役となり、歌舞伎町はその代名詞ともなった。この街に棲むホストたちが感染を広げている……。

 元カリスマホストから転じて経営者となり、ボランティアにも取り組む人物は、区や保健所の要請に応え、検査協力の輪を広げていった。不明だった感染経路に、ホストたちが住む「寮」があった。対策が講じられるとともに陽性者も減っていった。

 歌舞伎町は「漂流した末に辿り着く街」であり、「共生はしないが共存はする」場所である。夜の街は悪評もまた飲み込んでいったようである。

 荻窪駅前のもつ屋は、小さなコの字型のカウンター店である。焼き台に立つ年配の婦人はキャリア20年以上、創業した父から数えると3代目だ。

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