角田望(つのだ・のぞむ)/1987年生まれ、徳島県出身。34歳(撮影/写真部・松永卓也)
角田望(つのだ・のぞむ)/1987年生まれ、徳島県出身。34歳(撮影/写真部・松永卓也)

 そこに求人サイトで応募してきた舟木類佳(現執行役員イノベーション推進責任者)が加わった。時武と同じ研究室出身で、一気に開発のギアが上がった。

「AIを使って契約文書をレビューするってのはどうかな」

 舟木が言った。

「できるの?」

 角田と小笠原が聞くと、舟木は少し困った顔で言った。

「AIって、学習させて育てなきゃいけないから、いきなり完璧なものはできない。その原型みたいなものなら作れるよ」

■「ピボット」を決める

 ここでリーガルフォースは「ピボット」する。ベンチャー企業が得意技という軸足を残したまま、事業の方向を転換する、あのピボットである。

 書類をアップロードするとAIがリスクを洗い出す自動レビューと条文単位の検索機能。これを軸にAI契約書レビューの開発が始まった。メンバー総出、不眠不休の数カ月が過ぎ、ようやくひな型ができた。それを企業の法務部門や企業弁護士に持ち込んで使ってもらう。

 反応は微妙だった。誰もが紙の山に埋もれた人力の作業に限界を感じており、そのシステム化には興味がある。だが、作ったばかりのAIの精度はお世辞にも高くはない。リスク検出にも見落としがあるし、間違えた条文を引っ張ってくることもある。「これは間違いなんだよ」と教えてやれば、AIは二度と同じ間違いを繰り返さないが、教えなければ間違える。

「AIって言っても、この程度か」

 顧客の顔に落胆の色が浮かぶ。

「使ってもらっているうちに、精度は上がりますから」

 角田は懸命にアピールした。

 1960年代初め、当時はまだ早川電機と名乗っていたシャープが、社運をかけた電子計算機「HAYAC1」の開発に乗り出す。最初にできた試作機は2×1、3×1が限界で2×2ができなかった。社内のデモでこれを見た創業者の早川徳次は「コンピューターと言っても、人間より頭が悪いんだねえ」と言って場を和ませた。数カ月後、四則演算ができるようになり、開発陣は意気揚々と“御前会議”に挑んだが、そこでも回路が熱を帯び誤算をやらかした。

「コンピューターでも間違えることがあるんだねえ」

 シャープの電卓事業は2度の早川の機転で命脈を保った。ここで早川が怒っていたら、プロジェクトは打ち切りとなり、「電卓のシャープ」ひいては「液晶パネルのシャープ」が生まれることはなかった。

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