自分の幹だという落語の魅力について聞くと、「素朴でありながら、人間のいちばん大切な部分が描かれている気がします」と答えた。
「落語を聴くことによって、忙しい現代人が忘れてしまったことを思い出す、きっかけ作りになればいいなとも思います。今は、誰もが急ぎすぎて、焦りすぎていますよね。ネットが普及して、便利になって、じゃあそこにいる人間が幸せかっていうと、意外と人の悪口ばっかり言っていたりするし、戦争も起こっているし……。人間にとって何がいちばん幸せなのかを考えると、それは、落語に出てくる人たちの生活の中にあるんじゃないか。『そうそう、このぐらいでいいんだよな』『幸せってこれだよな』って。日本人の美徳や情けを、落語を通して伝えていきたいと思いますね」
武蔵野美術大学卒という落語家としては異色の経歴を持つたい平さんは、自分の経験値を“絵の具”にたとえた。
「最初は12色しかないものが24色になって、50過ぎて経験値が増すと百二十何色……もう無限の色が生まれて、描く絵が変わってくる。いろんな経験を経て、絵の具の本数を増やしていくのが、僕の生きる上での課題になっている気がします。たくさんの人と触れ合うこと、たくさんの経験を積むことは、人生の豊かさにつながる。たまに、『友達なんかいらない。人間は、一人でも生きていける』なんて言う人がいますけど、日常に提供されるものすべては、人の手を経て自分の元に届いている。今日のご飯だって、誰かが材料を作って、誰かが調理して、今度はそれを運んでくる人がいて、ようやく食べられるわけです。だからどんな人も、確実に一人では生きていけない。そして誰かと生きると、確実に人生が豊かになる」
「でくの空」の主人公は、「人に迷惑をかけたくない」と言って、社会とのつながりを絶とうとするが、実は、それが人に迷惑をかけることだと気づいていない。
「結局、人間が生きている限り、迷惑はかけ続けるんですよ。生きている限り、ゴミを出してしまうのと同じように、ゴミを出さないように暮らすなんてできない。ゴミを出したら出したで、それを片付ける人が絶対に必要なわけです。人間は生きている限り誰かに迷惑をかけてしまう生き物で、それを認めてこそ、人に心から『ありがとう』と言えると思うんです」
(菊地陽子、構成/長沢明)
※週刊朝日 2022年8月5日号より抜粋