――ロシアにおいて、本作のようなソ連時代の暗部を描くことに、政治的な圧力などはないのでしょうか?
プレッシャーはなかったし、あったとしても気にもとめませんよ(笑)。現在ロシアで私が作品をつくるうえで検閲はありません。ソ連時代には作品が公開禁止になった経験もありますが、しかし自分の能力が滅ぼされたと感じたことは一度もなかった。アーティストとはどんなときでも、自分が表現をする方法を見いだすものです。たとえばミゲル・デ・セルバンテスは、スペインの宗教裁判の恐ろしい時代に小説『ドン・キホーテ』を描き上げていますからね。
それに私は「自由であること」が必ずしも芸術作品を作るときに一番大事なものではないと考えています。過去100年をみても、さまざまな国の検閲のもとで作られた偉大で素晴らしい作品はたくさんあります。それよりもアーティストにとっての検閲とは、自分自身が吸収してきた「文化」なのではないかと感じます。自分の知識や教養が、自分自身を検閲し、ときに縛る。それがなければ、完全に自由といえるのかもしれませんけどね。
フリーランス記者・中村千晶