政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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20日からのバイデン米大統領の日韓歴訪には、先端的な戦略的技術や部品の世界的規模のサプライチェーンを確保し、経済安全保障の地政学的なネットワークを固めておきたいという米側の強い意図があるようです。
現在の米国は冷戦崩壊以後の単独行動主義を見直し、「軍事」「経済」「技術」「情報」「ヒト」の重層的な連合体制を構築し、ロシアや中国と対決していこうとする基本戦略のようです。ユーラシア大陸の西のNATO(北大西洋条約機構)やEU諸国、さらにオーストラリアがそうした体制のメンバーであるとすると、東アジアでは日韓がその枢要なメンバーになるわけです。
この枠組みの中で日韓連携への米国の圧力は強まるでしょう。日韓関係の劇的な改善は望めないまでも、二国間の歴史問題の絡む懸案については棚上げや妥協的な歩み寄りが見られ、北朝鮮への対応も含め安全保障上の協力関係が進むかもしれません。
その意味で、経済安全保障も絡んだ国際的なセキュリティーの問題や、クアッド(日米豪印戦略対話)やTPP(環太平洋経済連携協定)への韓国の参加の是非など、こうした懸案に日韓の連携がどこまで進むのか、注目したいと思います。
米国一国ではウクライナ侵攻以降の新時代の冷戦に対応できないことからも、ロシアと中国を東西から挟み撃ちにする地政学的なシフトが進みそうです。その動きとして象徴的なのが、先月末のドイツのショルツ首相の来日や、岸田文雄首相の東南アジアや欧州への歴訪といった慌ただしい動きでした。
今後、日韓はオブザーバーだけにとどまらず、NATOを含めた会議の正式な会員になる可能性も出てくるかもしれません。太平洋からインド洋につながる安全保障上の多国間の枠組みを作り、そこに北大西洋のNATOが結びつくという世界的規模の安全保障ネットワークの構築が進行しつつあるようです。
ただ単に、日韓のどちらを先にバイデン氏が訪れるのかというような矮小(わいしょう)な問題で今回の歴訪を見ては、グローバルな規模の地政学的変化を見過ごしてしまうはずです。地球的規模で新冷戦に向けた新しい包囲網が作られようとしているのです。
◎姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
※AERA 2022年5月23日号