落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「ミス」。
* * *
インタビュアーは『ミス』を欲しがりがち。例えば「落語を喋ってて、忘れることはないんですか?」とか。何年かに一度くらいスコーンっと忘れることがなくもない。「まぁ、ありますよ」と言うと「あるんですね!」なんて興味津々。矢継ぎ早に「忘れたらどうするんですか?」「なんとかします」「どうやって?」「思い出すんです」「どうやって思い出すんですか?」「テキトーに喋りながら思い出します。そのうちに思い出します。それでも思い出せない場合は、その思い出せなかった箇所をすっ飛ばします」と言うと、相手は驚いた顔をして「そんなこと出来るんですか?」「出来ますよ、それくらい」「さすがですねー!」なんて感心されたりなんかして。
『さすが』な人はそもそも落語を忘れたりしないのだが、それは言わずに感心されたままにしておく。「思い出せない箇所をスルーして、後々不都合はないんですか?」なんて、突っ込んだことを聞かれることも。「ないことはないですよ」「その時はどうするんです?」。しつこいな。「しょうがないですよね、もう」「どうするんです?(真顔)」「そのままですよ」「そのまま?」「なかったことにしてシレッと終わって高座を降ります」……沈黙が流れる。
サービスのつもりで「間違って違う落語に入ってしまうこともありますよ」なんて言ってみる。「どういうことですか?」「落語って、違う噺でも導入部は同じだったりすることがあるんです。『道灌』と『一目上がり』、『かぼちゃ屋』と『道具屋』、『鮑のし』と『熊の皮』とか。ボンヤリ喋ってると、意図してない落語を話していて、『あー、これじゃなかったんだけどなぁ……』なんてことがしょっちゅうですよ。寄席だと事前に演目を発表してないんで、まるで問題ないんですけどね」「そういう時ってお客さんの反応は?」「案外とよかったりしますよね」「ご自身の手ごたえは?」「んー、『まぁ結果オーライかぁ』ってかんじですかね」「災い転じてってやつですか?」「『災い』ってほどでも(笑)。日常的にありますからねー」……また沈黙。