「ユーミンが長く支持されるのは、“荒井由実時代”で楽曲を極め、“松任谷由実時代”になると楽曲だけでなく、コンサートで大掛かりなセットを組みエンターテイナーとして存在感を高めたことでしょうね。僕も何度もコンサートに行きましたが、象が出たり、龍が出たり、さらにアーティスティックスイミングとコラボと、驚かされてばかりでした。社会に衝撃を与えたのもユーミンがずっと注目される理由です」(富澤さん)
ユーミンの楽曲に魅せられて、長年ファンを続ける人も少なくない。インターネットでユーミンのファンサイト「ヒデの遊民なダイアリー」を運営しているヒデさんもその一人だ。リリースされたレコード、CDはすべて入手し、87年の武道館以来ほぼすべてのコンサートにも足を運んでいる熱狂的なファンである。ヒデさんにとって宝物になっている出来事がある。
「苗場のコンサートでは観客からリクエストを募るのですが、僕が手を挙げたら指名されたんです。ステージに上げてもらってユーミンが歌うのを聴くんです。演奏後、少し話もしました。2002年2月22日、『SURF&SNOW in Naeba Vol.22』のことでした」と、ヒデさんは興奮気味に話す。
「おこがましいのですが、同世代の私にとって、ともに人生を歩いてきた感じです。ユーミンには感謝しかないです」
ゆかりの地に出かけるファンも多い。なかでも聖地と言われるのが74年に発表された「海を見ていた午後」に出てくる「山手のドルフィン」だ。
「今も学生時代にユーミンを聴いていた世代の方々が多くいらっしゃいます。久しぶりに来たという方や、いつか行きたいと思って、やっと来ることができたという方もいます」

■愛され続ける時代のカリスマ
開店50年を超える「カフェ&レストラン ドルフィン」のスタッフの吉澤好久さんはそう話す。現在は3代目のオーナーに引き継がれ、木造平屋の店舗は98年に海側が大きなガラス窓の2階建てコンクリートの建物になった。
「歌詞に出てくるソーダ水は、メニューになかったのですが、『ソーダ水ありますか?』とよく聞かれるので、今のオーナーになって、『ドルフィンソーダ』をメニューに加えました」と吉澤さん。
平屋だったころの記憶が残る人は、その変化に驚くが、今は大きな窓から海と貨物船が行き交う景色も見える。

「ユーミンが横浜でコンサートをするときは多くのファンがいらっしゃいます。ファンにお話を聞くと、『海を見ていた午後』は横浜のコンサートでしか聴けないとも話していました」
そう吉澤さんは嬉しそうに話す。