富澤さんによると、
「それまでの音楽が『好きです』と何十回と繰り返し言っていたのが、たった一回の『キス』でその気持ちを伝えるようなものなのです」
富澤さんが生み出した新感覚派ミュージックという言葉が後にニューミュージックに変化していく。
キャッチコピーも決まり、アルバム「ひこうき雲」で“再デビュー”となるはずであったが、大きな壁が待っていた。
当時は、レコード会社がサンプル盤を全国のレコード店に送り、それを聴いたレコード店から注文を受けていたが、その反応がよくなかった。発売が延期になってしまった。
「あまりに新しすぎてお店の人もついてこられなかったんじゃないでしょうかね」
と富澤さんは振り返る。
「ひこうき雲」は73年11月に発売されたが当時は3千枚ほどしか売れなかったと言われている。

■ムーブメントを起こすユーミン
「『ひこうき雲』が出た翌年の74年は叙情派フォーク大盛況でした。『精霊流し』『岬めぐり』『夕暮れ時はさびしそう』などが音楽シーンを賑わしていました。ユーミンの音楽はそれらとは全く別物だったのです」
セールスは今ひとつだったが、音楽業界に大きな話題を巻き起こした。
「なにしろ物の見方、表現する世界が違った。小さな石鹸をカタカタ鳴らしながら、横丁の風呂屋に行っていたのが、バスルームにルージュの伝言を書いて、あなたのママに会いに行くのですからね。いわば四畳半からワンルームマンションに変わっていくような感じですね。トレンディードラマが世に出る前からユーミンは、こういう世界を描きだしていたのです」
フォークシンガーは、生き様を歌うのに対して、ユーミンはライフスタイルを提唱する。ちょっと手を伸ばせば届くかもしれないと思わせる、一歩先行くおしゃれな生活を提唱し、そのため聴く側は常にユーミンを追いかけていくのだ。
「私が目指しているのはね、人とはちょっと違うカッコいい生き方をしていると思っている人たちの一歩先を行くことかな。音楽だけじゃなくって、生き方すべてをひっくるめてね」
ユーミンは富澤さんのインタビューで、かつてこう答えていた。
「だからユーミンは時代をつかむ、まさにトレンドゲッターと言われるようになりました」
当初は苦戦したものの、75年になると状況は一変する。「あの日にかえりたい」をリリースするとオリコンチャートで1位を獲得した。その後の活躍は言うまでもない。常に最前線を走り、社会のムーブメントを生み出してきたのだ。