経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。

浜矩子/経済学者、同志社大学大学院教授
浜矩子/経済学者、同志社大学大学院教授
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 米連邦準備制度理事会(FRB)が政策金利を引き上げた。当初予定の0.5%を上回る0.75%の利上げとなった。1994年以来の上げ幅だ。執拗(しつよう)に異次元緩和にしがみつく日本との金利格差は、さらに広がる。

 ここで思い出すのが、85年に取り交わされた「プラザ合意」だ。同年9月、ニューヨークのプラザホテルに主要5カ国(米・英・仏・独・日)の財務相が集まり、政策協調に関して合意した。合意の焦点が「秩序あるドル高是正」だった。

 当時の米国は高インフレ・高金利国だった。物価高がもたらす高金利に、インフレ抑制のための厳しい金融引き締めが相まって、市中金利が20%に達する状況になっていたのである。

 そのため、世界中の投機資金が米国に殺到した。おかげで、ドル高が進んだ。このドル高が輸入数量の増加と輸入物価の低下をもたらした。この展開がインフレ圧力の低減につながった。インフレ亢進(こうしん)が、金利急騰を介してインフレ圧力の低下をもたらす。この奇妙な脈絡に、ほくそ笑む米国だった。

 だが、他の国々にしてみれば、ほくそ笑むどころではなかった。何しろ、米国が資金をどんどん吸い取っていってしまう。それを食い止めようと思えば、他の国々も金利を引き上げなければならない。利上げなど到底できない景気低迷下にあっても、利上げを避けられない。その結果、景況はますます悪化する。他の国々のこの危機感が、プラザ合意につながった。

「秩序あるドル高是正」は不発に終わり、結局はドル暴落局面に突入した。だが、他の主要国がよってたかって米国に注文をつける構図は、それなりに見応えのあるものだった。今回もそうなるか。それはないだろう。なぜなら、今回は他の主要国も利上げ方向に動いているからだ。一つの例外国を除いて。

 言うまでもなく、例外国は日本だ。世界の金融資本市場の潮目が変わる中で、日本だけが流れに逆らっている。だが逆らい切れるものではない。日本だけで第2のプラザ合意にこぎつけることもできない。一人、沈没あるのみ。超低金利国日本は、利上げの荒波の中で溺死(できし)する。これは政策犯罪だ。

浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演

AERA 2022年6月27日号