残された“先”の時間を思ったとき、ふと、自分にできることは何かと考えた。できるのは、喜んでもらえる作品を届けることだけ。今年75歳を迎える泉ピン子さんの新たな挑戦が始まる。
年を取ったら朗読劇をやろう。そう決めていた。世間一般には、テレビでの活躍で知られているが、1970年代から80年代にかけては、舞台への出演も多かった。日本の演劇に偉大な功績を残した杉村春子さんにも可愛がられていて、同じ舞台に立ったときは、ホテルの隣の部屋で寝泊まりし、たくさんのことを吸収した。
「芝居の何たるかは舞台で教わったと、今でも、私は思っています。朗読劇なら美術も必要ないし、共演者も少なくて済む。ライフワークにはちょうどいいかなと。『いつか朗読劇を』と思い始めてからは、何かいい原作はないかと探していたんですが、なかなかピッタリくるものがなくて……。ようやく出会えたのが、内館牧子先生のベストセラー小説『すぐ死ぬんだから』でした」
ヒロインの忍(おし)ハナは78歳。仲のいい夫と経営してきた酒屋は息子夫婦に譲り、それなりに楽しい隠居生活を送っていた。ところが、夫が倒れたことから思いがけない事実を知ることになる──。
「もちろん、原作に惚れ込んだことがいちばんだけど、『やる!』と決めた理由に、ハナと私の境遇が似ていることも一つある。原作を読んでいない人にはネタバレになっちゃいますけど、ハナの夫である岩造が倒れて発覚した事実というのは、隠し子がいることだったんですね。もう30年ぐらい前のことになりますけど、ウチの夫も同じ過ちを犯していて……」
90年代のことだ。ピン子さんは、医師である夫に隠し子がいたことが記事になると知り、「許します」「離婚はしません」ということを表明するために、記者会見を開いたことがあった。
「当時、TBSで『渡る世間は鬼ばかり』をやっていたので、TBSに全部仕切ってもらったんです。事前に、橋田壽賀子先生から『別れたら、あんたの笑顔が見られなくなる。ご主人があんたと別れる気がないっていうんなら、別れることない。それよりも、あんたがどれだけ愛されていたかを示すために、ご主人からのラブレターを持っていきなさい』と言われて、そのとおりにしたんだけど、あれは演出ミスだった。今考えたらあんなに泣くことはなかった。女優の性なのか、いざ『オヨヨ』と泣けば、その悲しみに酔って、どんどん涙が止まらなくなっちゃうの」