古今東西の文学作品に作家の津村記久子さんが挑んだ『やりなおし世界文学』(新潮社 1980円・税込み)。きっかけはフィツジェラルドの『華麗なるギャツビー』だ。識者がこぞってこの本を薦めているのを雑誌で見て、「ギャツビーて誰?」という中学時代からの疑問がよみがえった。
「タイトルは知っているけれども中身はよくわからない本から読み始めました」
『赤と黒』『カラマーゾフの兄弟』などのいわゆる名作から『流れよわが涙、と警官は言った』のようなSFやミステリー、『君主論』『金枝篇』といった古典まで92作を取り上げた。世間での評価には頓着せず、自分が読んでどう思ったかを率直に綴っている。
「どの本にも専門に研究されている方がいるから、怒られるんやろな、という前提で書いていました。アホやと思われてもいいや、それに誰も読んでないやろ、と思ったから好き勝手書けたんです」
フローベール『ボヴァリー夫人』では主人公の夫人を「もうこの絶妙なだめさ加減はやめられない止まらない」と書き、「本書の個人的な価値の一つは、現実の対人関係なら迷って考え込むばかりの迷宮のような普通の他人の内部を、フローベールの明快なガイド付きで隈なく歩くことができるということにもある」と語る。
チャンドラー『長いお別れ』では「序盤だけでも、うまいとしか言いようのない表現が山ほど出てくる」。こんなふうに書かれたら、本を手に取らずにはいられない。
さらに津村さんはアーサー・ミラー『るつぼ』のうまさに唸り、ワイルド『ドリアン・グレイの肖像』の主人公の空っぽさに驚き、フォークナーの傑作とされる『響きと怒り』に「知らんがな」を連発する。
執筆中は1カ月のスケジュールに「やりなおし世界文学」用の期間を設け、喫茶店やレストランでも本を読んだ。カフカの長編『城』は読んでも読んでも終わらなくて、「サイゼリヤ」の店員さんに長居を謝った。
「カフカがずうっと愚痴を書いてるんですよ。カフカは公務員だったから、仕事の愚痴を物語に仕立てて書いてるんやろなと。愚痴でもこんなに面白く書けるんだなと思うし、自分の気持ちを昔の人がわかってくれる面白さがありました」