作家・室井佑月氏は、安倍晋三元首相が銃撃された事件で感じた驚きを語る。
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7月8日、奈良県で街頭演説をしていた安倍晋三元首相が銃撃されてお亡くなりになった。
あたしは安倍さんとは考え方が異なり、彼の批判を書いてきた。彼が殺害され、かなり動揺している。
安倍さんは大きな敵だった。倒せそうもない敵だった。あんな玩具みたいな鉄砲で殺されてしまうなんて。信じられない気持ちでいるし、それはあってはならないことだった。
そして日本は、あたしが知らないうちに、もう変わっていたのかもしれないな、と感じた。
日本で銃による暗殺事件が起きた。そのことにも驚いてしまったが、あたしが最も驚いたのは、人々の気持ちや、その動きだった。
殺人未遂容疑で現行犯逮捕された山上徹也は、旧統一教会の2世。親が宗教に金をつぎ込み、破産したのを恨みに思っていたらしい。カルト宗教にのめりこむ親を持つ2世3世は、被害者でもある。しかし、恨みを殺人につなげるなんて、絶対に違う。それは当たり前のことであった。
でも、安倍さんが殺された衝撃の矛先は、安倍政治を批判していた人に向かった。有名人や評論家までが、そんなことを口にした。あたしも以前、デモにいったときの写真をSNSであげられ「おまえのせいだ」「絶対に許さないからな」などと攻撃された。
デモとテロは、まったく異なる。けど、そういったことがわからない人もいるのだろう。政治家を批判できない世の中は、どれだけ不自由な世の中か。でも、もうそういう時代になっているのだ、と感じた。
ほかに、あたしが恐ろしくなったのは、野党応援で一緒に頑張ってきた仲間だろうと思われる人間が、SNSで「よかった」などといい出したことだった。
参議院選真っただ中で、闘うという気持ちがヒートアップしていたのかもしれない。でも、これもありえない。
思想の違う人間だから、街頭演説中に撃たれても「よかった」の? 演説には集まってくれる人たちもいるわけで、そういう人たちが被害にあう危険があるのなら、今までのような選挙はできない。