『硝子の塔の殺人』知念 実希人 実業之日本社
『硝子の塔の殺人』知念 実希人 実業之日本社
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 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2022」ノミネート全10作の紹介。今回取り上げるのは、知念実希人(ちねん・みきと)著『硝子の塔の殺人』です。

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 1980年代後半から1990年代前半にかけて、日本で盛り上がりを見せたミステリ小説の新本格派ムーブメント。島田荘司の『占星術殺人事件』や綾辻行人の『十角館の殺人』をはじめ、法月綸太郎や有栖川有栖、北村 薫といった作家たちの作品が次々と世に送り出されました。

 『硝子の塔の殺人』はまさにこの流れを正当に受け継いだミステリ長編。島田荘司は同書に対し、以下の賛辞を贈っています。

「当作の完成度は、一斉を風靡したわが『新本格』時代のクライマックスであり、フィナーレを感じさせる。今後このフィールドから、これを超える作が現れることはないだろう」

 物語の舞台は、雪で覆われた森に燦然と輝く、地上11階、地下1階建ての硝子の塔。館の主人にしてミステリ愛好家の大富豪により招かれたゲストは、刑事、霊能力者、小説家、ミステリ雑誌の編集者、そして自称・名探偵......。大富豪が毒殺されたのを皮切りに、密室空間となった館で次々と惨劇が繰り広げられていきます。血文字で記された13年前の事件とは、そしてこの連続殺人の犯人とは......。

 どこかで見たことがあるような設定に思えますが、このベタさがまたミステリファンにはたまりません。いっぽうで、この古典的モチーフである「密室殺人」という材料を使い、著者がどのように新鮮に料理をしているのかも、同書の大きな見どころと言えます。

 同書には実在するミステリ作品が作者名とともに出てきます。それがメタ的な要素を多分に含んでいるのも特徴です。

 館をおとずれた登場人物の「山奥に建つ、円錐状の硝子の尖塔。本格ミステリ小説の舞台になりそうな建物ですよね。いかにも殺人事件が起きそう」なんてセリフには、「こんなの事件が起きないわけがない!」とその後の展開に期待が高まります。

 また、「最近はメタミステリも珍しくないからね。もしかしたら、私たちは気づいていないだけで、実は『館もの』の本格ミステリ小説に迷い込んでしまった登場人物なのかもしれないよ」というセリフも......。

 さらに終盤では、「私は読者に挑戦する。(中略)これは、読者への挑戦状である。諸君の良き推理と、幸運を祈る」と呼びかけまであって、もう完璧! 古今東西のミステリのオマージュがそこかしこに散りばめられていて、ファンはニヤリとさせられるはずです。

 そして、緻密なトリックとともにすぐれたミステリ小説に欠かせないのが、魅力あふれるキャラクターです。同書で探偵役となるのは、二十代半ば、長身で麗しい見た目ながら、シャーロック・ホームズそのままの格好をした自称・名探偵の「碧 月夜」。ワトソンよろしく、月夜の助手で相棒となるのが、医師の「一条遊馬」。互いに秘密を抱えたふたりがどのように事件を解決していくのか、読者は手に汗握らずにはいられないでしょう。そして、犯人が仕組んだトリックや事件の動機には、想像だにしない驚きが......。

 作家デビュー10周年を記念する知念実希人の新たな代表作であり、読者への挑戦状ともいえる渾身の一作。みなさんも事件の舞台へと降り立ち、この謎を一緒に解いてみてはいかがでしょうか。

[文・鷺ノ宮やよい]