「『いらない』といわれる猫を減らしたい」

 飼いと違い、野良猫の命の責任は誰にもない。だから常に、“死んでも仕方がない”存在だ。

 手術を行う一室を管理するボランティアの長谷川道子さんは「『いらない』といわれる猫を減らしたい」と訴える。

「かわいいかわいいと言って、子猫を産ませる人が少なくありませんが、そういう人に限って適切に飼育しているように見えないんです。いずれ大きくなると、虐待の可能性、いらない猫になってしまう恐れがある。だから、むやみに猫を増やさないこと。そうすれば殺処分は少なくなるのではないでしょうか。ここで不妊去勢手術を行いますと告知すると、たくさんの野良猫が運びこまれてくるので、地域のみなさんは増えすぎた猫に困っているんだなと思います」

 その日の夕方、足切断の手術をした猫がケージの中でドタンバタンと音をたててもがいていた。猫には患部をなめないようにエリザベスカラーがつけられたが、そのつけ心地が悪いようだ。齊藤獣医師とともに奮闘する青山千佳獣医師はケージから猫を取り出し、顔を上向きにさせて「がんばるんだよーー」と話しかけた。不思議なことに青山獣医師が説明すると、猫がおとなしくなった。

「殺処分が過去最少になった」とよろこんではいけない

「猫にだって真剣に頼めばわかるんですよ」と青山獣医師は胸をはる。

「不妊去勢手術を行うために、捕獲器を置いて、そこに入ってくれる猫たちは手術に同意してくれた、と私は思っているんです。そのたびに『手術に同意してくれてありがとう』って思います」

 そう、すべては人間の都合なのだ。猫が増えすぎると人にとって都合が悪いから、共存するために“猫に手術を受けてもらっている”ともいえる。

 この手術を野良猫に受けさせることが地域住民にとって当たり前の感覚になった時、殺処分はゼロになるだろう。

「殺処分が過去最少の2万3000匹になったとよろこんではいけない」と、齊藤獣医師は力を込める。

「たとえ1匹になっても、その1匹は殺されるんだから、その1匹の身になったらゼロを目指さなきゃいけない。殺処分ゼロなんて到底無理、夢物語と言う人はたくさんいます。『無理だよね』と諦める人の前には、安楽死の選択肢があるんでしょう。私は獣医師だから、殺処分ゼロへの道、不妊去勢手術という方法を選択できる。だから絶対に“ゼロ”を諦めない」

 有志の獣医師たちはそうした決意のもとで手術を行っているが、それでも涙を流してしまう時があると聞いた。それは赤ちゃんの入っている猫の子宮を処分する時だという。