「お母さんは絶対にカレー事件はやってない。私も事件の日は何度かカレーの調理現場に行って、様子を見ているから間違いない」
Aさんは熱心に眞須美死刑囚の無実を訴えていた。4人きょうだいの一番上だったAさんは事件当時、まだ中学生だった。両親の逮捕後は施設で過ごすことになった。事件直後、記者は何度も林家に取材に行った。多くの記者が自宅を訪れると、一番下の妹をさりげなく、見えないところに連れて行き、配慮するAさんの姿をよく見かけた。
「事件でマスコミが大挙して押しかけて来た頃、妹には事情をわかってほしくないから遠ざけるようにしていた。私は母も父もカレー事件には関係していないので、絶対に逮捕されないと信じていた」
Aさんは当時の心境をこう振り返って話してくれた。長女らしく、きょうだいのまとめ役で、両親が逮捕された後、和歌山市内の拘置所に行き
「お父さんを返せ、お母さんを返せときょうだいを引き連れて拘置所の前で大声で怒鳴ったこともあった」とAさん。
弁護団会議の取材で会った当時はもう就職し、ガス器具販売のセールスの仕事についていた。
「私、営業成績がけっこうええねん。お母さんも保険でバリバリと売っていたからそのおかげかもしれへんわ」
Aさんは記者にこう打ち明けてくれた。20歳代前半で結婚し、生まれたのがBさんだった。幼いBさんの写真を手にしながらAさんは「本当にかわいいでしょう」と顔をほころばせていた。仕事も家庭も充実していたように見えた。
だが、健治さんによれば、Aさんは後に離婚。数年前には、別の男性と結婚し、新しい家庭を持った矢先の出来事だった。ご冥福をお祈りするばかりだ。
(AERAdot.編集部 今西憲之)
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