当日は背もたれのあるふつうの椅子では撮りづらいので、美容院にあった小さな脚立を大きな姿見の前に置き、服を脱いで腰を下ろした。
「それで鏡越しの私を撮ったり、ノーファインダーで自分にカメラを向けて撮ったり。ピントはおそらく合うだろう、合わなくてもよし、くらいの感じで写した。髪を切ったのは30分くらい。すごく短い時間の勝負。集中力がいりましたね。写真は300枚、400枚、もっと撮ったかな」
「コロナの春」にはそのうちの2枚を展示した。そのためだけの企画だった。ところが、この2枚の写真をきっかけに話が急展開する。
「ギャラリーの人にこの写真を見せたとき、なんかみんな、ピンときたんです。『これで、写真展やらない? 今年出したほうがいい写真だと思う』と言われて」、今回の写真展を開くことが決まった。まさに、瓢箪から駒である。
そんなひょんなきっかけで始まった写真展の作品づくりだったが、田口さんにとっては写真家として脱皮し、成長する記念すべき個展になったという。
アラーキーさんの言葉がずっと心に刺さっていた
これまで田口さんは、自分自身を撮影することはまったくなかった。2003年に富士フォトサロン新人賞を受賞し、写真家としての道を歩み始めたときからずっとそうだった。
「受賞パーティーでアラーキーさんから『あなたはセルフポートレートを作品としてずっと撮っていったほうがいい』と、言われたんです。でも私、自分自身にまったく興味がなかったし、撮られるのもすごく嫌いだったので、自分を撮ることはもう100%ないくらいのことを言ったんです。それがずっと頭のどこかに残っていた」
当時は「ガーリー・フォト」(女の子写真)がもてはやされた時代だった。田口さんの周囲の女性もふつうにセルフポートレートを撮っていた。
「たぶん、アラーキーさんは誰にでも言っていたことだったのでしょう。でも、私にはそれが、ずーっと心に刺さっていた。で、今回、髪を切って写真を撮ろうかな、と思ったとき、あのとき言われたことを急に、ポンと思い出したんです」
振り返ってみると、これまで写してきたのはほぼすべて女性だった。しかも、どこか自分に似た要素がある人を撮影してきた。
「相手の中に自分を投影するというか、被写体の中の私、みたいなものを見つけて写してきたことに気づいたんです。これまで撮ってきたポートレートはずっと自分を探して撮っていたんだな、と。ふふっ、なんだ私、17年間ずっとセルフポートレートを撮ってきたんじゃん、と思って。ずっと反抗期だったんですね。03年から続いてきた反抗期がようやく終わったなって(笑)」
再び「気持ちで撮る」ということを思い出した
さらに、今回の写真展は「私の原点」でもあるという。「17年ぶりにこういう写真を撮った。昔の私に戻ってきたぞ! みたいな感じです」。
写真家としてデビューしたときは「衝動で撮るタイプだったんです。エネルギーのある人に出会ったとき、この人を撮りたい、みたいな勢いで撮るドキュメンタリーみたいなポートレート。でも、受賞後はどちらかというと、考えて、撮ってきた」。
冒頭でふれた美しいヌードのシリーズでは、撮りたい衝動を心の中に押し込め、被写体をじっくりと観察し、ライティングを組み立て、グラデーションを気にしながら撮影してきた。「でも、それを続けていると、けっこう苦しくなってきて」。
最近は「気持ちで撮る、ということを忘れていた」。「もう衝動的には撮れないのかもしれない」という不安も膨らんでいた。
それが今回、「ああ、私、まだ撮れるんだ、と思って。よかった、戻ろうと思えばいつだって戻れるんだと安心しました」。
晴れ晴れとした表情で語る田口さんを前にしていると、「よかったですね」と、自然に声が出た。
「本当によかったです。これまで脳みそがずっとそっちのほうにいっちゃっていたので。たぶんコロナがなかったら自分と向き合っていなかったし、こんな写真も撮れなかった。大変なときに、いいことがひとつあったな、と思って。今回の展示はそんな思いをみんなと共有できたらいいな。ヌードを見せたい、というより、そこを見せたい」
(文・アサヒカメラ 米倉昭仁)
【MEMO】田口るり子写真展「CUT OFF」
コミュニケーションギャラリー ふげん社
東京都目黒区下目黒5-3-12 https://fugensha.jp
10月29日~11月15日