『生き抜くための12のルール 人生というカオスのための解毒剤』
ジョーダン・ピーターソン 著/中山宥 訳
朝日新聞出版より発売中

 あなたは男女平等に賛成ですか。

 あなたはLGBTの権利を尊重することに賛成ですか。

 といった質問に即答していた過去の自分が、いまや懐かしい。ジェンダーにまつわる話題が報じられるたび、このテーマを包む混沌たる渦は深さを増す一方に思える。

 LGBTという言葉が早くも色褪せ始め、LGBTQ、さらにはLGBTQIA+と概念の細分化が進むいま、いったいどのような方法を採れば「ジェンダーの平等を図った」と胸を張れるのか。答えの欠片さえ掴めない私は、国外におけるジェンダー問題の議論を検索するうち、あるインタビュー動画がYouTubeで再生回数2000万回を超えていると知り、再生ボタンを押した。

 聞き手は英国BBCテレビのキャシー・ニューマンというキャスターだった。対するゲストは、静かなカリスマ性を漂わせた、紳士然たる人物。白髪交じりの髪をきれいに後ろに撫でつけているせいもあり、広い額が印象的だ。窪んだ眼窩の奥に、強い意志を秘めた眼光が見てとれる。

 名前はジョーダン・ピーターソン。トロント大学の心理学教授だという。調べてみると、同氏が一躍注目を浴びたのは、このインタビューの二年前に当たる2016年のことだった。カナダのバンクーバー市で「今後はHeやSheではなく、Xeなどのジェンダー・ニュートラルな代名詞を使わなければならない」とする法律が検討された際、断固拒否を公言したからだ。「どんな言葉遣いをすべきかまで法律に盛り込むのは言論の自由に反する」と。つまるところ、アイデンティティ・ポリティクス(マイノリティ集団の利益を擁護する動き)の行き過ぎに警鐘を鳴らしたわけだが、これを「トランスジェンダー嫌悪」と単純に図式化した人々から猛批判を受けるはめになった。

 先ほど挙げたYouTube動画のなかでも、聞き手が徐々に敵対感情を露わにし、攻撃し始める。「あなたの『言論の自由』は、なぜ、トランスジェンダーの人たちの『傷つけられない権利』より優先されるのですか」。すると、ピーターソン氏はこう返した。「思考するためには、他人を傷つける危険を冒さなければならないからです。現にあなたはいま、真理を追究するため、臆することなくわたしの感情を傷つけているではありませんか」

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