BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2020」ノミネート全10作の紹介。今回、取り上げるのは川越宗一著『熱源』です。
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 第162回 直木賞受賞作品である本書の主人公は、アイヌ民族であるヤヨマネクフ(日本名:山辺安之助)。ヤヨマネクフは、言語学者・金田一京助が『あいぬ物語』に記した実在の人物でもあります。18世紀後半に樺太で生まれますが、開拓使たちに故郷を奪われたため集団移動した北海道で育ち、美しい妻をめとり子どもにも恵まれます。しかし、コレラの流行により妻や多くの仲間を失ってしまい、いつか故郷・樺太へふたたび戻ることを心に誓います。
 本書でもう一つの核となるのが、リトアニア生まれの青年、ブロニスワフ・ピウスツキの物語です。ロシアの同化政策により母語であるポーランド語を禁じられた彼は、大学生のときに皇帝の暗殺計画に巻き込まれ、苦役囚として樺太の刑務所に送られることになります。
 国によって民族的なアイデンティティを脅かされたヤヨマネクフとブロニスワフは樺太の地で出会い、文化的交流、そして人間的な心のふれあいを深めます。
 なんとも胸が熱くなる展開ですが、この二人が出会ったのは、なんと史実なのだそう。本書はフィクションではありますが、ほかにも金田一京助や二葉亭四迷、大隈重信など、実在の人物が登場し、実際にあったとしてもおかしくないと思わせる緻密さで物語が進んでいきます。この壮大な歴史的ロマンも、本書の大きな魅力のひとつではないでしょうか。
 そんな中で、本書の根底に流れているのが「弱肉強食」という自然の摂理。近代文明という名のもとに「富国強兵を掲げる帝国主義の日本」と「文化や歴史を虐げられるアイヌ」という対比がひとつの大きなテーマとなっています。
 このテーマは、現代社会にも当てはまるかもしれません。日本人として生まれ育った多くの人たちは民族的アイデンティティに悩むことはないかもしれませんが、国籍や宗教、セクシャリティなどにおけるマイノリティへの差別は、私たちの周りにも当たり前のように存在しています。多数派が少数派に優しくない弱肉強食の社会......。多様性やグローバリズムが進む現代でも、私たちはこうした問題に直面しているのです。
 今から100年以上昔の時代設定でありながらも、本書が訴えかけてくる重みはたしかな熱量を持って私たちの心を震わせます。北海道、樺太、ロシアという極寒の地を舞台にした骨太な歴史小説である本書は、必読の一冊といえそうです。