元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。
* * *
めちゃくちゃウマイ居酒屋を営む友人から、コレ絶対好きだと思ってと『津軽伝承料理』なる本を頂いた。友人は津軽出身で、その縁でこの本に出会ったらしい。
好きも何も、一読してブッ飛んだ。と言いますのはですね、ノー冷蔵庫生活7年超の私は一人勝手に涙の試行錯誤を積み重ねた結果、今や「冷蔵庫って何の役に立つの……?」とすら思う完璧な食材保存スキルを身につけて鼻高々なわけですが、そのスキルの全てが、それよりもはるかに洗練された形でここに完璧に集約されているではないか!
つまりはですね、私が今やってることなんぞ昔の人は各地で超当たり前にやっていたのである。確かに昔は冷蔵庫なんてないし、さらには流通も未発達なので食材は地元で採れるものだけ。加えて寒冷地では冬は野菜が採れず、となれば旬のものをいかに気候風土を生かして長期保存し無駄なく「食べ回す」かが勝負である。その長年にわたる知恵の集積が伝承料理なのだ。
ゆえに私が7年で、しかも年中何でも買える都会で成し遂げたことなど「屁」。山菜を半年先まで保存する方法などナルホドと膝を打つことばかり。改めて見れば難しいわけでもなく、しかも保存には発酵の仕組みを使うので超健康的。フードロスなし。電気代も輸送代もゼロなのでエネルギー危機などどこ吹く風。まさにこれぞ、現代のほとんどの問題を解決する最強かつ合理的な方法そのものである。
しかしこのような知恵はベンリの蔓延によりもはや風前の灯なのだ。それはあまりに勿体ないと立ち上がった津軽のおばちゃん達が地元のお年寄りを訪ね歩き、実際に自分たちでも作って食べて風習を守り続けているのだった。印象深かったのは、お年寄りが嬉々として聞き取りに応じてくれたというエピソード。伝承を大切にすることは人を生き生きとさせるのだな。我らが孤独なのは過去をバカにしているからなのかもしれぬ。
メタバースなど求めずとも我らは既にすべてを手にしている。ただ見てないだけ、関心を持っていないだけで。
◎稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
※AERA 2022年7月4日号