『たすけ鍼(ばり) 立夏の水菓子』山本一力著
朝日文庫から12月6日に発売予定
最近のテレビドラマで視聴率が取れるのは、刑事ものと医療ものだけといわれるが、実は時代小説も似た状況にある。捕物帳は今も数多く刊行されているし、医者を主人公にした作品も、ロングセラーを続けている古典的な名作の山本周五郎『赤ひげ診療譚』を筆頭に、和田はつ子『口中医桂助事件帖』、あさのあつこ『闇医者おゑん秘録帖』、安住洋子『春告げ坂』など連綿と書き継がれている。
その意味で、『損料屋喜八郎始末控え』『深川黄表紙掛取り帖』などの時代ミステリーを手掛けた山本一力が、素早く病状を見極め的確に治療を行うためツボ師の異名を持つ鍼灸師の染谷と医師の昭年、還暦を迎えたコンビが活躍する『たすけ鍼』を書いたのは必然だったといえる。
『たすけ鍼』は、医療技術を磨き、人生経験を積んだ染谷と昭年が、助けを求めにきた人たちを救うため、周囲を巻き込みながら奔走する連作集である。前半は人情味が強いのだが、後半になると、染谷たちが巨大な陰謀に直面するので、ハードボイルド色も濃くなっていく。待望の続編となる『立夏の水菓子』は、心温まる人情も、染谷たちの前に立ちはだかる敵も、よりスケールアップしている。
巻頭の「衣替え」は、染谷が、前作で浅からぬ縁ができた金貸しの大木尊宅検校の娘で、濃い体毛に悩むさゆりを治療することになる。尊宅はその仕事ゆえに世間から嫌われ、批判の声はさゆりの病状にも向けられた。そんな声をものともせず、真摯に治療を続ける染谷は、表面だけを見て善悪を決めつけること、バッシングをするためのバッシングをすることの愚かさに気付かせてくれるだろう。
続く「居眠り初め」は、正月早々、湯屋で食中毒が発生、往診に向かった染谷と治療を手伝うことになった娘のいまりの絆が描かれる。二人の父娘関係に触れると、大人の読者は、若い世代に尊敬されるには何が必要か、次の世代に何を伝えるべきなのかを考えてしまうのではないか。
ひと足早く箱根に湯治に出掛けた昭年と合流した染谷が、旅先で事件に巻き込まれる「正徳の湯」と「にんじん船」は、江戸時代の旅に必要だった手続きや湯治の実態が活写されているのも面白く、ツアーコンダクターの経験があり、『いすゞ鳴る』『峠越え』など旅を題材にした時代小説の名作も多い著者の持ち味が遺憾なく発揮されたロードノベルとなっている。昭年の肉体に疲労が蓄積していることを見抜いた染谷は、患者のためにも休めないという昭年を説得し湯治に向かわせた。この染谷の言葉は、働き方改革が叫ばれているのにあまり休みを取らない日本人に、ワークライフバランスの重要性を教えてくれるのである。