著者は当時NHKアナウンサーだった。入局して13年。情報番組「シブ5時」のレポーターなどを務めていた。それが! 2016年1月10日朝、チャイムが鳴って出てみると、目の前に15人ほどの集団。厚労省の麻薬取締部の取締官たちだった。塚本堅一『僕が違法薬物で逮捕されNHKをクビになった話』は、違法薬物の所持と製造で逮捕された彼の、その後3年間の記録である。

 彼が手にした薬物は覚せい剤でも大麻でもなく、しばらく前まで合法だったラッシュ、正確にはネットで購入した「ラッシュに似た効果を持つ液体」の製造キットである。本人も<違法性があったかどうか、よくわからなかった>。だが、この液体から違法薬物の亜硝酸イソブチルが検出され、30日の勾留の後に下されたのは50万円の罰金刑。NHKは懲戒解雇。本当の地獄はしかし、その後にやってきた……。正直、興味本位で手にとった本だったのだけど、いろいろ勉強になりました。

 まず、薬物事件の当事者がどんな状態に陥るか。仕事を探すも面接には至らない。知人に会うのが怖くて飲食店にも入れない。「危険ドラッグ、一度で人生台無し」という駅の広告に足がすくみ、電車に乗れなくなる。<危険ドラッグで逮捕された元アナウンサー>と報道されたため、「元○○」という文字を見ただけで動悸がする。そんなの自業自得じゃわい、と思うでしょ。だがその発想が当事者を追い詰め、再犯率を上げているとしたらどうか。

 特に問題なのは誤解と偏見に満ちた報道である。<暴れるシャブ中なんて一人もいません>という事実に加え、注射器や白い粉のカットも「がっかりした」などのコメントも、立ち直ろうとしている人の回復を妨げる。「人間やめますか」「ダメ絶対!」式の教育を私たちは受けてきたが<ダメ絶対だけじゃダメ>なのだ。

 依存症の回復施設や自助グループの力で立ち直るまでも含め、薬物が身近に溢れる今だから必要な本。伝える仕事をしてきた人の再起に相応しい誠実な仕事である。

週刊朝日  2019年10月25日号