早見和真『店長がバカすぎて』。書名を見て、ウチの店長も……と思う人がかなりいるんじゃないか。私もタイトル買いしちゃったのだが、じつはこれ、都内のとある書店を舞台にした小説なのだ。

 語り手の「私」こと谷原京子は28歳。大学を出た後、中規模書店「武蔵野書店」の吉祥寺本店に入って6年の契約社員である。相当な読書家で、文芸書にはとりわけうるさい。書店の文芸担当として出版社から出版前の本の校正刷り(ゲラ)を渡され、推薦コメントを書くこともしょっちゅうだ。だがこの店の店長が非「敏腕」。たいして本は読んでいないうえ、朝礼で『やる気のないスタッフにホスピタリティを植えつける、できるリーダーの心得 77選!』なんていうビジネス書を紹介するような俗物である。その店長がいきなり売れっ子作家・大西賢也のサイン会をやろうといいだした。大西賢也は覆面作家だ。サイン会なんかできるわけないじゃんか!

 ってなあたりから、武蔵野書店の従業員、常連客、出版社の営業担当や小説家まで巻き込んで、書店員生活の悲喜こもごもが描かれる。というと簡単だけど、この谷原京子の作品評が厳しいのよね。

<店で不可解な殺人事件?/店長がキレキレの推理を披露?/作家が書店員に一目惚れ?/書店員はそれを一刀両断?/なぜなら書店員は店長のことが気になるから?/そして二人はめでたく恋に落ちる?/かぁーっ、ぺっ!/気持ち悪い!/何もかもあり得ない!>とは、谷原京子による大西賢也の新作(書店を舞台にした『早乙女今宵の後日談』)への評価である。いうよねえ。ただ、右の悪評部分が、後の展開の伏線になっていたりもするんだけど。

 いわば一種の業界小説。時給998円。正社員以上に仕事をしても月収は15万前後。キラキラ感は少しもなく<「もう辞める!」と「あと少しだけがんばろう」が行ったり来たりし続けた>。帯にも<リアルすぎます>などの書店員さんのコメントがいっぱいだ。意外な結末まで含め、テレビドラマにしたら、ヒットすると思うな。

週刊朝日  2019年10月18日号