源氏物語 A・ウェイリー版』全4巻の日本語版(毬矢まりえ・森山恵訳)が完結した。ウェイリー版『源氏物語』とはイギリスのアーサー・ウェイリー(1889~1966)が英訳したレディ・ムラサキ著『ザ・テイル・オブ・ゲンジ』のこと。1925年に第1巻(全6巻の完結は33年)が刊行されるとたちまち世界中で旋風を巻き起こした。本書はそれを日本語に再翻訳したもの。2017年12月に第1巻が発売されて、やはり話題沸騰になった。

 第4巻には「宇治十帖」の後半、光源氏の息子(実父は柏木?)とされるカオル(薫)を主役にした48帖「早蕨(ファースト・ハーブ)」から54帖「夢浮橋(ブリッジ・オブ・ドリームス)」までが収められている。章タイトルだけでもクスッとしちゃうが、そう、この訳書の特徴はカタカナを多用していることなのだ。おまけにカオルの一人称は「ぼく」。

<ぼくは昔、自分のことを、少なくともほかのひとよりは清い生き方を誓った人間、と思っていた。人生のある方面とは一切関わらず、どんな心の波にも乱されることなく、平穏に生きていたのだ>なんちゃって、まるで庄司薫か村上春樹。物語はそんなカオルがシティから遠く離れたウジ(宇治)に住む姉妹に心を奪われ、ウキフネ(浮舟)をめぐって親友だったニオウ(匂宮)と三角関係になるのだが、ウキフネいわく。<ニオウのように激しく情熱的に求められれば、もちろん燃え上がるもの。でもどちらにとっても、一時の逢瀬に過ぎない、それだけなのだわ>

 イケイケのニオウに対して、カオルはヘタレなのよね。ラスト、尼僧になったらしいウキフネを思って考えることも未練や嫉妬がまじったみごとな草食男子ぶり。彼女の元には今も新しい恋人が訪ねているにちがいない。<間遠ではあったけれど──ぼくが、ウジに彼女を訪ねていたときのように>

 第一巻を読んだときには「ベルばらみたいな王朝ロマン!」と思ったのだけど、「宇治十帖」は韓流ドラマ風? ともあれ楽しくサクサク読めちゃいます。

週刊朝日  2019年8月30日号