エッセイ風の作品には「猫町」がある。その言葉の持つイメージ、一つ一つに惹きつけられて、自分でも詩らしきものを書いていた時代もある。
その朔太郎の詩の中で、もっとも単純な「猫」という詩がある。
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まつくろけの猫が二疋、
なやましいよるの家根のうへで、
ぴんとたてた尻尾のさきから、
糸のやうなみかづきがかすんでゐる。
『おわあ、こんばんは』
『おわあ、こんばんは』
『おぎやあ、おぎやあ、おぎやあ』
『おわああ、ここの家の主人は病気です』
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先日の句会で「夜話」という題が出た。私はすぐ、この詩を思い出した。短歌の本歌取りを真似て、この詩のイメージを句にした。
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こんばんは猫の夜話屋根の上 郭公
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郭公とは私の俳号。本歌取りならぬ、そっくりではないか。
猫が出てきただけで不可思議な世界が幻出する。
下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中
※週刊朝日 2022年12月23日号